泉特許事務所のロゴ

【転がらない鉛筆(六角形鉛筆)の開発】

 従来の丸い(円筒形の)鉛筆は、「書きやすい(持ちやすい)、作りやすい、低コスト」というメリットがあって良いのですが、「机の上等に置いたときに転がりやすい」というデメリットがあります。
 そこで、Aさんは、その「転がりやすい」という従来の鉛筆の問題を解決するために、六角形鉛筆を開発しました。

 その設計思想は、次表の通りです。

 

 

 

【六角形鉛筆の開発エピソード】

Aさんが、通常の開発手法で六角形鉛筆を開発したとします。つまり、

 (1)「転がる」というのは、「鉛筆の表面が丸い(凹凸がない)」からだと考え、

 (2)「転がりやすい」という問題点を解決できる一連の「具体的解決策」、すなわち、断面が多角形の鉛筆(断面が八角形、六角形、五角形、四角形等々)を考えた、とします。

そして、

 (3)それらの具体的解決策の中から、他の要件(筆記性能、グリップ感等)を考慮して有力候補をいくつか選択し、

 (4)それら有力候補について試験を実施して、最善の具体的解決策を選別し、

 (5)最終的に「六角形」が最善と決定した、

とします。

以上のような、Aさんの六角形鉛筆の開発エピソード①を聞いて、そのまま、開発手法に含まれている暗黙知を見つけて、「ノウハウ」として見える化することは、可能です。

しかし、Aさんが実施したのは通常の開発手法ですから、その中に含まれている暗黙知を「ノウハウ」として見える化しても、ほとんど意味がありません。

しかし、Aさんが独自の開発手法で六角形鉛筆を開発した場合は、共有する価値が出てきます。

そこで、以下、その場合について説明します。

さんが、独自の開発手法で六角形鉛筆を開発した場合について説明します。

Aさんは、まず、

 (1)鉛筆が「転がる」とは、いったい、どういうことなんだろうか、と考えました。

そして、「転がる」というのは、「表面が丸い(凹凸がない)」ということではなく、「重心と表面との距離が均一である」ということに、気づきました。

これは下図のように表せます。

そして、その発見に基づき、

 (2)「重心と表面との距離が均一である」という要件を満たす一連の「具体的解決策」を考えました。

その「具体的解決策」には、断面が多角形の鉛筆(断面が八角形、六角形、五角形、四角形等々)のほかに、断面が楕円形の鉛筆、二つの半円筒形部品の比重を異ならせた鉛筆、表面に小さな突起や突条を形成した鉛筆も、含まれていました。

 

 

 

次に、

 (3)それらの具体的解決策の中から、他の要件(筆記性能、グリップ感等)を考慮して有力候補をいくつか選択し、

 (4)それら有力候補について試験を実施して、最善の具体的解決策を選別し、

 (5)最終的に「六角形」が最善と決定した、とします。

さんは、なぜ、最初に、鉛筆が「転がる」とは、いったい、どういうことなんだろうか、と考えたのでしょうか?

また、その際には、具体的に、どのような考え方をしたのでしょうか?

さらに、鉛筆が「転がる」というのは、その「表面が丸い」ということではなく、鉛筆の「重心と表面との距離が均一である」ということに気づきましたが、どのようにして気づいたのでしょうか?

言い換えますと、Aさんは、【転がらない鉛筆の開発】の設計思想とその実現手段を踏まえて、現状の丸形鉛筆の状況をどのように読み取った(「知覚」した)のでしょうか?

また、「知覚」した状況の特徴に、どのような「解釈」を加えて、どうすべきだと「決断」(意志決定)したのでしょうか?

これらの点については、Aさんに質問して教えてもらわないと、分かりません。だから、「インタビュー」が必要になるわけですね。

ただ、ここで、注意しないといけないのは、野中郁次郎先生が言われているとおり、「個別具体的な一回性の事象からの普遍の洞察が重要」だという点です。

つまり、一回しか起きない現実の事象(できごと)をそのまま「へえー、そういうことがあったんだ。」と考えて終わるのではなく、 「そういうふうにすると、うまくいかないんだ(あるいは、うまくいくんだ)。これから気をつけよう。」というように、普遍化(一般化)して学ぶことが重要だ、ということです。

ですから、 Aさんの取った開発プロセスをそのまま概念化し、それを言語化、図像化しても、あまり意味がありません。

Aさんのノウハウは、あくまで、「従来の丸形鉛筆に対する転がり防止」という要求を満足させる製品(鉛筆)の開発を成功させた、という場合のものであり、それとは大きく異なる場合には応用できない可能性が高いからです。

そこで、 Aさんの開発プロセスに含まれている「暗黙知」を見える化する際に、他の類似の場合にも応用可能なように「上位概念化」し、「普遍化」します。その後、「上位概念化」した「暗黙知」を「ノウハウ」の形として言語化・図像化します。

こうすることで、Aさんの「ノウハウ」の適用範囲が広くなり、組織で共有する価値が高まるからです。

次に、Aさんの「暗黙知」を引き出して見える化する「インタビュー」の例を示しましょう。

Aさんに「インタビュー」する人、すなわちインタビュアーは、熟練した弁理士です。目に見えないアイデアの概念化、言語化、図像化のスキルを持ち、この種のインタビューにも慣れています。

【Aさんへのインタビュー】

例えば、次のように質問を始めます。

弁: 丸形鉛筆の転がりを防止するために、最初に何を考えたのですか?

A: そうですね。まず、「丸形鉛筆が転がるのは、なぜだろう?そして、そもそも、「転がる」というのは、いったい、どういうことなのだろう」と考えました。

弁: なるほど。では、教えてください。 「転がる」ということの意味を知るために、具体的には何をされたのですか?

A: 断面が丸くなければ、転がらないんじゃないか?と思い、そのための具体的形状のアイデアを思いつく限り、図に描いたのです。

   断面が丸でないものですね。具体的には、正三角形のものから正方形、正五角形、正六角形、正八角形、正十角形、正二十角形・・・というふうに、です。

A: それで、分かりました。角の数が少ない方が転がり難いんですが、角の数が少ないと、手に持ったときの感覚、使用感というんですが、それが良くないんです。

  逆に、角の数を多くすると、使用感は良いんですが、転がりやすくなるんですね。

  ですから、「転がりにくさ」と「使用感」はトレードオフになっていて、両者がバランスする点がどこかにありそうだ、と分かりました。

弁: なるほど。分かりました。開発が大きく進展しましたね。

  では、その時、他には何か考えられませんでしたか?何でもいいんですが・・・。

A: あります。その時、ふっと気がついたんです。待てよ。そんな面倒なことをしなくても、今の丸形鉛筆の表面に小さな突起や突条を設けても、転がり難くなるな、と。ここで「突起」というのは、ほぼ半球形の膨らみのことです。「突条」というのは、線路のように細長い膨らみのことですが・・・。

弁: ほう。確かに、そうしても鉛筆の転がりは防止できますね。それで、どうなりましたか?

A: だから、断面に角を設ける発想だけに捕らわれてはいけないぞ、と気づきました。それで、断面を楕円形にしてもいいんだ、ということも分かったんです。

弁: どんどん発想が広がっていますね。すばらしい。

A: ありがとうございます。 そこまで行ってから、改めて考えたんですよ。「転がる」というのは、どういうことなんだろうか、と。

A: そして、気づきました。物が「転がる」ときには、その物の重心がどこにあるかが影響するんだ、ということに、です。

  そもそも、重心が丸形鉛筆の中心からずれていれば、つまり、偏心していれば、転がらないんですよね。それなら、丸形鉛筆の断面を変えるよりは、重心を偏心させることを考えた方が、楽なんじゃないか、と思いました。

  そこで、製造工程と製造コストを予想して見たんですが、重心を偏心させるのは、結構大変なんです。

A: 今の丸形鉛筆は、直線状の芯を、その両側から二つの半円筒形の部材で挟んで作られています。半円筒形の部材同士は接着材で接着されています。半円筒形の部材は、形状も材料も同じですから、製造コストは低く抑えられますが、重心を偏心させるとすると、二つの半円筒形の部材を違う材料で作るとかして、それらの比重を異なるようにしないといけません。

  すると、製造コストがかなり上がってしまうようなんです。

A: ですから、重心を偏心させるというアイデアは×としました。

  鉛筆の断面を楕円形にするというアイデアですが、これも×としました。二つの半円筒形の部材の断面を半楕円筒状にしないといけないんですが、それを製造するのはすごく大変だからです。

弁: 開発や設計というのは、結果が出るまでに検討することが多くて、想像以上にたいへんなお仕事ですね。

  それで、どうなりました?

A: 次に、丸形鉛筆の表面に突起や突状を設けるというアイデアも、×になったんです。

  その突起や突状は、製造工程から考えて、丸形鉛筆の表面に後付けするしかないんですが、そうすると、突起や突状の製造工程と接着工程を追加しないといけないし、突起や突状という部品とその接着剤も、別に必要になりますからね。

  製造コストが予定の10%増を越えない、という要件を満たせないことが分かったからです。

弁: なるほど。そうすると、結局は、丸形鉛筆の断面を多角形に変える、というアイデアに戻ることになったわけですね。

A: そうです。それで、断面を正三角形、正方形、正五角形、正六角形、正八角形、正十角形にしたものを試作して、筆記性能やグリップ感などをテストしてみたんです。その結果として、正六角形が一番バランスが良かったんです。それで、筆記性能やグリップ感などの要件を満たしながら、「転がらない」というニーズを解決できたんです。

弁: おめでとうございます。良かったですね。

A: 一見すると遠回りのように見えますが、結局はその方が早く開発を完了できたわけです。上司にも顧客にも喜ばれましたよ。うれしかったね。

  この件にはオマケがあってね。さっき話したように、開発当初にあれこれ考えたおかげで、そのアイデア(発明)を特許申請する時に、「これはレベルの高い発明ですね。これで特許が取れたら、他社の事業参入を牽制する、すごく強い権利になりますよ」って、弁理士の先生に褒められたんですよ。

弁: すばらしい。今までのお話で、開発の経緯はよく分かりました。

  でも、いちばん肝心な点をお聞きしていませんので、それについて質問させてください。 

  そもそも、「転がらない」とはどういうことか、ということを最初に考えたのは、何故なんでしょうか?
 何か理由があるはずですよね?

A: えっ。そうですねえ。
 ・・・・・・・・・・・・・・・・
 ・・・・・・・・・・・・・・・・
 それはねえ、実は、以前、似たようなものを開発したことがあるんですが、そこで失敗したことがあるからなんですよ。今回のケースは、そのときのものに良く似ていると思ったんです。

  だから、最初から、その点を意識して仕事に取りかかったんです。

弁: どういうことですか?詳しく教えてください。

A: そう、4~5年くらい前かな。同じような製品の開発依頼があって、そのときも、今回と同じように、要求機能は簡単で、それを実現する手段、つまり解決策ですが、それも、すぐに思いつくようなものだったんですよ。

  それで、すぐに要求機能を実現する手段のアイデアをいくつか考え、すぐに、その中の二つの候補を選び出して、試作してテストしたんです。どちらかを最終製品として決定するつもりでね。

A: でも、テストしてみたら、その要求機能は予定どおり実現できたんですが、他の設計品質をなかなか満たせなかったんですよ。

  あれこれ試行錯誤したんですが、結局、最初からやり直しになってね。それで、「原点に戻ろう」と思って、改めて考えたんです。「そもそも、その要求機能が出てきたのは何故だろう?その要求機能の意味は何だろう?」って。

  その後はうまく行ったんだけど、納期が大幅に遅れてしまい、上司と顧客から責められましたよ。

A: それで、その時、思ったんですよ。「要求機能が簡単で、その解決策がすぐに思いつくような場合は、逆に注意しろ。すぐに解決策を選んで試作なんか始めると、足をすくわれるぞ。」ってね。

  その時の経験が大きいですね。

弁: ありがとうございます。よく分かりました。でも、良い経験をされましたね。いまAさんがおっしゃったこと、 「要求機能が簡単で、その解決策がすぐに思いつくような場合は、逆に注意して設計する。」というのが、Aさんの「暗黙知」になりますね。

弁: それと、 その場合は、「要求機能の意味とは何か?「要求機能の本質は何か?」というように、最初に検討する方が、却って効率的である、というのも、Aさんの「暗黙知」でしょう。

  このようなことは、Aさんの個人的なエピソードですからね。他の社員の方がこれを意識して仕事をされているとは、ほとんど考えられないでしょう。

A: おっしゃるとおりです。

弁: なので、それらの「暗黙知」を、設計・開発現場の「ノウハウ」という形にして会社で共有すると、高い価値があると思います。

  長時間のインタビューにお答えいただき、ありがとうございました。Aさんの経験に基づく貴重な「暗黙知」を、社員みんなで使える形の「ノウハウ」にしてお返しします。

  後日、私の方で作った「ノウハウ(案) 」をお送りしますので、事実との違いや思い違いなどがないか、ご確認をお願いします。しばらくお待ち下さいね。

A: こちらこそ、ありがとうございました。

  私の方も、良い振り返りになりましたので、こちらからも感謝します。自分が今まで考えて判断してきたことを、じっくり考えることなんてないので、勉強になりました。自分の経験が価値のある「暗黙知」になっているなんて、全然気づかなかったし、自分自身がどのように考えて行動してきたのかを振り返ることは、すごく大切なことだと分かりました。

  どのような「ノウハウ」が出来てくるのか、楽しみです。

【Aさんの暗黙知に基づくノウハウの例】

 以上で、Aさんへのインタビューは終わりです。

 インタビューがどのように行われるか、その雰囲気はお分かりになったと思います。

 では、Aさんの「暗黙知」を見える化すると同時に、上位概念化して、他者でも使える「ノウハウ」の形にしたものを、次にお見せしましょう。

[ノウハウの名称] 

 設計・開発における要求の捉え方と解決策発想法

[ノウハウの内容]

 (1)要求機能が比較的簡単で、その解決策がすぐに思いつくような場合は、却って注意が必要。すぐに解決策を選んで試作を始めないこと。
(例)丸形鉛筆の転がり防止を実現した六角形鉛筆の開発事例の場合

 (2)最初に、「そもそも、その要求機能が出てきたのは何故だろう?」「その要求機能の意味は何だろう?」と考え、その答を得てから、解決策を慎重に考える。

  (例)まず、丸形鉛筆の「転がる」という問題の本質(動作原理)は、「重心と表面との距離が均一」であることを知る。すると、「重心と表面との距離が不均一」であれば、「転がる」という問題は解決できることが分かる。そこで、それに基づいて、 「重心と表面との距離が不均一」である鉛筆の具体的構成(断面が多角形、楕円、重心を偏心、表面に突起形成等)を考案する。そうすると、解決策として考案された具体的構成は、いずれも問題の本質に基づくものであるから、どれを採用しても設計要求の的を外すことがない。他の設計品質(筆記性能、グリップ感等)を満たす範囲で最適なものを選択すればよい。

[ノウハウ使用の期待効果]

  ・技術・製品開発を大幅に効率アップできる。

  ・問題の本質を捉えた、魅力的な製品を開発できる。

  ・業務がより効率的になり、自信がつく。
 ・提供者であるAさん自身も、自分の価値に気づき、自信がつく。

[ノウハウの使用場面]

  要求機能が比較的簡単で、その解決策がすぐに思いつくような場合
(例)丸形鉛筆の転がり防止を実現した六角形鉛筆の開発事例の場合

[ノウハウ使用の判断基準と参照情報]

 ・要求機能が比較的簡単であるかどうか。

 ・その解決策がすぐに思いつくものであるかどうか。

  これら二つの質問に対する答がいずれもYesである場合は、本ノウハウを使用して効果が出る可能性が大きい。

[ノウハウの理由・根拠・エピソード]

 Aさん(所属○○)の××××年頃の経験による。

 本ノウハウと同じように、要求機能が簡単で、それを実現する手段(解決策)もすぐに思いつくようなものの開発業務(具体的には△△の開発)において、すぐに要求機能を実現する手段のアイデアをいくつか考え、すぐに、その中の二つの候補を選び出して、試作してテストして失敗した。テスト後、要求機能は実現できたが、他の設計品質を満足できず、結局、最初からやり直しになり、納期を守れなかった。

[ノウハウの発展可能性]

 本ノウハウ作成の過程で、Aさん(所属○○)に「気づき」があり、自身の思考過程、判断過程が明確になった。このため、本ノウハウの適用可能場面が拡張される可能性がある。

  また、本ノウハウの使用によって期待効果が出た場合と、あまり出なかった場合の双方について、事例の追加が期待できる。