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暗黙知とは何か

暗黙知と形式知

・暗黙知は、人が何事かを経験することによって習得される知(知識+知恵)です。

・暗黙知は、人が創出した種々のカン、コツ、ノウハウを含んでいます。

・人の行動を外部から観察するだけでは、暗黙知は見つかりません。

・暗黙知は、「言葉」や「図」や「数値」で表現しないと、再現(承継)できません。

・本人でも語るのが難しい暗黙知が多いです。

・使っている本人さえ気づいていない暗黙知も多いです(すっかり忘れている?)。

暗黙知の階層

●暗黙知には、以下のような四つの階層があります(仮説)。

見える化するのは、第1層~第3層の暗黙知に限られます。第4層の暗黙知は言語化できないからです。第4層の暗黙知は、実践してその人が身体で覚える(体得する)しかありません。

例えば自転車の乗り方などは、「右または左に倒れそうになったときは、倒れそうな向きにハンドルを少し切りながらペダルを踏めばよい」というような暗黙知は、見える化できますが、その暗黙知を知っただけでは、自転車には乗れるようにはなりません。そのような暗黙知(重要情報)を頭に入れてから、実際に練習して何度も転び、どのようなタイミングで、どれくらいハンドルを切り、どれくらい強くペダルを踏めばよいかを、身体の感覚で会得するしかないのです。

●暗黙知には、以下のような四つの種類があります(仮説)。

①質の判定型暗黙知: 質的判断(判定)を行い、質的調整をする場合の暗黙知

②量的把握・加減型暗黙知: 行動する際に必要な量的認識・把握を行い、これに基づいて調整をする場合の暗黙知

③感覚判断型暗黙知: 非接触型感覚の眼・鼻および接触型判断の手足体頭などの感覚を使って判断する場合の暗黙知

④手続型(思考過程)暗黙知: 作業に含まれるプロセスの把握および制御、思情報伴う暗黙知

 ⇒シーケンシャル型: 一定の順序性に従って行う際に入り込む暗黙知

 ⇒ランダム型: 一定の流れはなく、現れる現象や結果に対して即座に対応する際に入り込む暗黙知

 ⇒ロジック型: 行為・行動ではなく論理的な追求をする際に入り込む暗黙知

 ⇒仮説検証型: 仮説を立ててそれを検証していく際に入り込む暗黙知

重要な暗黙知

暗黙知は、状況認識と意思決定を行う際の知的動作に含まれていることが多いです。状況認識と意思決定が場面ごとにどれくらい的確・適切に行えるかは、その人の経験(の豊富さ)に比例することが多いからです。したがって、暗黙知の在り処を探す際には、熟練者が何らかの状況認識を行う場面と、何らかの意思決定を行う場面に注意するといいです。

●状況認識: 情報収集(気づき)、情報理解(原因特定)、状況予測の3要素からなる。

●意思決定: 状況判断、行動路線選択、行動路線の実行(経過確認)の3要素からなる。

熟練者へのインタビューを通じて暗黙知を見える化する際に、熟練者が「ある時点の状況がどのようなものかを調べているのではないか、と思われるときには、上述した状況認識の3要素を考慮して、

(a)熟練者は、その時点でどのような情報を集め、どのようなことに気づいたのか、また、そうした理由は何なのか(情報収集)、

(b)熟練者は、集めた情報をどのような意味に理解したのか、また、その理解の正しさをどのようにして認識・判断したのか(情報理解)、

(c)熟練者は、理解した情報・意味に基づいて、状況をどのように予測したのか、また、その予測の正しさをどのようにして認識・判断したのか(状況予測)、

といった事項が理解できるような質問を熟練者に発し、有益な情報を効果的に引き出せるようにすることが重要です。

また、熟練者が「ある時点で何らかの意思決定(判断)をしたはずだ」と思われるときには、上述した意思決定の3要素を考慮して、

(a)熟練者は、その時点の状況をどのようなものと判断したのか、その際に使った判断基準は何だったのか(状況判断)、

(b)熟練者は、その状況判断に基づいてどのような行動路線群を考え、その中からどの行動路線を選択したのか、また、そのような行動路線群を考えた理由と、その中から1つの行動路線を選択した理由は何だったのか(行動路線選択)、

(c)熟練者は、選択した行動路線をどのようにして実行したのか、また、選択した行動路線の実行経過(各段階で期待通りの経過が得られたか)をどのようにして確認したのか(行動路線の実行(経過確認))、

といった事項が理解できるような質問を熟練者に発し、有益な情報を効果的に引き出せるようにすることが重要です。

暗黙知の生成

●暗黙知は、どのようにして生成されるのでしょうか?

種々の暗黙知生成場面において、人間と対象がどのように関わっているか、については、次のようなモデルが提案されています。このモデルは、多くの人が感じる実感にマッチしていると思います。

 

 

 

 

 

 

 

このモデルからは、人間(主体)は、感覚運動機構と知的管理機構を持っており、その二つの機構を用いて外界(対象)と関わっている、ということが分かります。

つまり、人間(主体)が外界(対象)に働きかけると、その働きかけ方に応じた情報が外界から送られて来ます。人間は、自己の五感(視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚)を使ってその情報(感覚器官に与えられた刺激、感覚情報)を受け取ると、感覚運動機構と知的管理機構との間で相互作用(情報交換)を行い、外界から送られて来た情報(刺激)を通じて外界の事物や事象を、ひとまとまりの有意味な対象として知覚します。そして、その結果に応じて、再度、外界に働きかけを行います。以後、これが繰り返されます。

例えば、重い物体を持ち上げた時、人間は、五感を通じて、腕や腰における物理的な刺激(重さ)に基づく感覚情報を受け取ります。その感覚情報は、まず、感覚運動機構で受け止められますが、それとほぼ同時に、感覚運動機構と知的管理機構との間で情報交換が行われ、その感覚情報(刺激)の意味を認識します。つまり、その感覚情報(刺激)に対して、「この物体は予想していたよりも重い」とか、「この物体は重いから、持ち上げるのは止めた方がよい」といった意味づけが行われるのです。この過程が「知覚」と呼ばれるものです。そして、その知覚(認識)の結果(内容)に応じて、人間は、感覚運動機構を用いて再度、外界に働きかけを行います。例えば、「より力を入れて持ち上げる」とか、「持ち上げた荷物をすぐに降ろす」、といった動作を行うのです。

上述した人間・外界関係モデルは、外界から送られる感覚情報に対する人間の応答過程を、簡潔に表していると思います。

●では、上記人間・外界関係モデルにある「知的管理機構」の内部は、どのようになっているのでしょうか。これについては、次のような内部処理モデルが提案されています。

この知的管理機構の内部処理モデルでは、知的管理機構の内部には、分析部、検索照合部、データストック部、推論部、方略化部が設けられている、とされています。

「分析部」は、感覚運動機構を通じて外界から入ってきた情報を受け取って分析し、その情報がどのようなものか(入力情報の内容)を分析してその結果(分析結果)を出力する部分(領域)です。

「データストック部」は、過去に取得・学習した全データを貯蔵(記憶)する部分(領域)です。

「検索照合部」は、分析部から出力された分析結果を受け取って、データストック部に貯蔵された全データと照合し、照合結果を出力する部分(領域)です。受け取った分析結果に合致するデータがデータストック部にあった場合は、そのデータが照合結果として出力されます。受け取った分析結果に合致するデータがデータストック部になかった場合は、なかったこと(該当データなし)が照合結果として出力されます。

「推論部」は、検索結果照合部から出力された照合結果に基づいて、各種の推論を行い、推論結果を出力する部分(領域)です。照合結果に基づいて複数の異なる方式で推論できる場合があるから、推論結果は1種類とは限りません。

「方略化部」は、推論部から出力された推論結果に基づいて、各種の方略を策定し、方略化結果(方略)を出力する部分(領域)です。

人間は、方略化部から出力された方略化結果に基づいて、感覚運動機構を通じて外界に働きかけることになります。

上述した知的管理機構の内部処理モデルは、人間が頭の内部で行っている処理過程を的確に表していると思います。

 

●具体例で考えてみましょう。

例えば、弁理士が行う発明者面談の場合は、知的管理機構が使われる場面が多いですが、感覚運動機構が使われる場面も含まれています。

弁理士は、まず、面談場所において机を挟んで発明者と向かい合って座りますが、その後、「初めまして。では早速、中身に入りましょう。今回の発明はどのようなものですか?」などと言って、直ちに発明内容に関する話を始めることはほとんどありません。(例外は、発明者と何度も面談をしていて、お互いをよく知っている場合。)

たいていは、最初にアイスブレークを行います。「アイスブレーク」とは、初対面の人同士が出会う時、その緊張をときほぐすための手法で、参加者を和ませてコミュニケーションをとりやすい雰囲気を作り、目的達成(発明内容の伝達)に積極的に関わってもらえるようにするものです。

例えば、「今は、どのような仕事をされているのですか?」、「その仕事は長くされているのですか?」、「これまでに特許を取ったことがありますか?」、「それはどんな内容ですか?」などと発明者に話しかけ、いわゆる雑談をするのです。その後、参加者の緊張が解かれ、和やかな雰囲気が出てきたと感じたら、「それでは、今回の発明の中身に入りましょう。」などと話しかけて、発明内容に入ります。

このアイスブレークをする間、弁理士は、発明者(や他の参加者)の反応を見ながら、同じ話題の雑談を続けたり、話題を変えたりします。この時の状況を上述した人間・外界関係モデルに当てはめてみると、弁理士は、例えば「これまでに特許を取ったことがありますか?」などと話しかけた後、発明者(や他の参加者)の回答や動作を観察し、自己の視覚と聴覚を通じて、外界(対象)からの情報を入手します。入手した情報は、知的管理機構に送られて、発明者(や他の参加者)の緊張が解けたか、和やかな雰囲気が出てきたか等について判断します。弁理士は、知的管理機構で行われた判断の結果に応じて、「まだ和やかな雰囲気とは言えない」との判断の場合は雑談を続け、「まだ和やかな雰囲気とは言えない」との判断の場合は雑談を終えて発明の中身に入ります。

次に、上述した知的管理機構の内部処理モデルに当てはめてみると、例えば「これまでに特許を取ったことがありますか?」などと話しかけた後に、感覚運動機構を通じて、発明者(や他の参加者)の回答や動作に関する情報が外界(対象)情報として知的管理機構の分析部に送られます。分析部では、検索結果照合部と協働して、その外界(対象)情報をデータストック部に貯留されている全データと照合し、検索結果照合部により照合結果が出力されます。その照合結果に基づき、推論部で推論が行われます。

推論部における推論結果が「まだ和やかな雰囲気とは言えない」であれば、それに基づいて、方略化部で適切な方略、すなわち、「雑談を続ける」という方略が策定されます。感覚運動機構は、その方略に基づいて、雑談が続くように話を続けることになります。

推論部における推論結果が「和やかな雰囲気になった」であれば、それに基づいて、方略化部で適切な方略、すなわち、「雑談を停止し、発明内容に入る」という方略が策定されます。感覚運動機構は、その方略に基づいて、雑談を停止し、発明内容に入るきっかけとなる話を始めることになります。

また、設計等の技術者が行う設計業務においても、発明者(や他の参加者)を会議の参加者に置き換えれば、上述した弁理士による発明者面談と同様に当てはめることができます。

●以上のとおり、上述した二つのモデルは、暗黙知見える化を実施する際に、有効に利用できるものです。十分に活用してほしいものです。