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暗黙知とは?

「暗黙知」とは、一言で言えば、主観的で言語化することができない知識です。社員や技術者が暗黙のうちに有する、長年の経験や勘に基づく知識(カンやコツ、ノウハウなど)とも言えます。意識下の認識であり、形式知の背後に存在する知識です。

「暗黙知」に対する言葉は「形式知」です。「形式知」とは、客観的で言語化できる知識です。言語化・視覚化・数式化・マニュアル化された知識とも言えます。

「暗黙知見える化(可視化)」は、弁理士の本業である知的財産権の取得・活用というテーマに加えて、力を入れているテーマで、ホームページでも、「暗黙知見える化相談室」を設置しています。

私がやろうとしているのは、「暗黙知見える化支援サービス」により、主として、各分野の技術者・研究者の中に存在する熟練者が持つ暗黙知を見える化(可視化)して、効率的な人材育成を望む企業(特に中小・ベンチャー企業)で使えるようにすることです。

熟練していない技術者・研究者がその暗黙知を理解し、且つ、使えるようになれば、短期間で熟練者に近いレベルに成長し、熟練者に近いレベルの業務遂行能力を持つ社員が増えます。その結果、全体として、企業における研究開発や設計等の業務効率が上がることになります。そういうことを狙っています。

ある気づき

先日、ある方に、このことについてお伝えしたところ、次のような助言と指導をいただきました。

1.「暗黙知見える化コンサルティング」ではなく、「暗黙知高速学習システムの構築」などとする方がよいのではないか。泉さんが売り物にしている「暗黙知見える化」は、単なる準備作業にすぎないからだ。「暗黙知見える化」により、暗黙知の学習が高速化され、熟練者(ベテラン)と同等の仕事ができる若手社員を増殖できる。こちらの方が、よほど重要ではないか。

2.企業では、熟練者(ベテラン)と同等の仕事ができる若手社員をたくさん求めている。しかし、若手社員を育成できる熟練者(ベテラン)は、実は、指導・育成する能力を持っていない。指導者としての能力開発がされていないため、熟練者(ベテラン)は若手社員の育成には非力だからである。また、熟練者(ベテラン)は、自分の暗黙知の価値に気づいていないことが多く、それを若手社員に伝えようとはしない。これが多くの企業の現状である。「暗黙知見える化」が前面に出すぎているから、この大事な面が見えていないのではないか。ここに貢献するサービスを考えた方がよい。

3.支援するからには、実際に、暗黙知の後継者(若手社員)が育たなければならない。コンサルティングを通じて「マニュアル」を作ったとしても、未だ、準備作業に留まる。後継者(若手社員)に対する暗黙知実践法の教授法も提案して、暗黙知実践法の教授もサービスに含めるべきだ。

これを読んで、びっくりしました。感動しました。すばらしい。そして、一瞬で、見方が変わりました。頭にがーんと響くような「ショック」を与えられました。「もっとしっかり考えんか!」と叱咤激励されたような気がしました。でも、いろいろ考え、数十冊の本と百を超えるネット上の記事をよみ、あちこち調べて、数百時間をかけて、ようやくここまで来たわけであり、自分としてはこれ以上のことはできないと、そのときは思っていたのです。

それなのに、先に述べた助言と指導を受けただけで、状況は一変してしまいました。本当にすごい。正直なところ、これは私自身がコンサルティングを受けたに等しい、と思いました。そして、こういうのが、本当のコンサルティングであり、価値あるコンサルティングなんだ。だから、私もこのような、相手に新たな視点を与え、気づきを与えるような、価値ある助言・指導をしないといけないと、価値がないと思いました。

そこで、さっそく、この助言と指導にしたがって、サービス・プログラムを書き換えています。今度は、インパクトと魅力のあるサービスにできそうです。(^_^)

暗黙知は特許庁でも

ところで、「暗黙知の承継」は、企業だけでなく、私の本業でお世話になっている日本の特許庁も検討しているようです。インターネットを検索すると、特技懇のウェブサイトに、「暗黙知の継承をどう進めるか」という記事が掲載されているんですよ。ご存じですか?

http://www.tokugikon.jp/gikonshi/268/268tokusyu2-4.pdf

この記事によると、特許庁は、審査における「暗黙知の承継」をやろうとしている、あるいは、すでにやっているようです。どういう風にやっているのでしょうか?興味ありますね。

畑村洋太郎先生の暗黙知

そう言えば、「失敗学」で有名な畑村洋太郎先生も、「暗黙知の承継」について言及されていました。畑村先生は、「暗黙知の承継」ではなく、「暗黙知の表出と共有」とおっしゃっていますが、ほぼ同じ意味と考えられます。

畑村先生には、「技術の創造と設計」(岩波書店)という本があります。2006年発行で2011年に第7刷ですから、工学系の専門書としては、よく売れている本だと思います。この本では、「機械屋なら誰でも持っている暗黙知」というタイトルで、機械設計における暗黙知の作用と価値、重要性などについて記述されています。

「まえがき」と「あとがき」によれば、この本に書かれていることは、畑村先生が40年かけて構築してきた考えを表出し、集大成したものであり、「カタイ言葉はまったくナシで書いてある」そうです。その言葉のとおり、すごく分かりやすい本です。「失敗学」だけでなく、畑村先生の本命の研究テーマである「創造学」についても、分かりやすく書かれています。

「創造学」とは、畑村先生によれば、いままでに前例がなかったもの、誰も見たことがないものを、ゼロから作り、新しく生み出していくための学問だそうです。まさに、「創造」の学問ですね。いま最も求められている「イノベーション」を起こすための発想法です。しかも、単なるハウツーではなく、方法論になっており、さすが元東大教授、と言えるレベル(質)の高さです。

これだけ分かりやすく書けるというのは、畑村先生がすごく優秀だということを物語っていますね。

「創造学」については、私の本業の対象である「発明」とも関連が深いので、また、あらためて取り上げたいと思っています。この本には、暗黙知だけでなく、新しいアイデアの発想法や、「創造設計原理」など、機械設計の門外漢にも参考になる記述がすごくたくさんあるので、何箇所か抜粋してみますね。少し長くなるので、お疲れの方は、読み飛ばしてください。(^_^)

(引用箇所ここから)
「暗黙知とは、一般的な言い方をすれば、その仕事に携わる人なら誰でも当たり前に持っている知識、無意識の着眼点である。言葉にも、絵にも描かれていない。それでいて、それを知らずに仕事をしたら決定的にダメになってしまうような基本的な、不可欠の知識である。そうした暗黙知を目に見える形に積極的に表出し、提示すると、新たな着想を生む刺激が与えられ、着想の参考となる情報を引き出すことができる。」

「このように、設計者の頭の中には、いろいろなことが同時並行で駆けめぐっている。そして、ここで重要なことは、そのように目まぐるしく考えているまさにそのことで、設計者は実際に失敗をしたことがあるという点である。とくに、たいていの設計者は、『剛性が不足していること』『予期しない振動が起こること』という2点で必ず一度は失敗をする。設計者は自分の失敗経験を通じた知識を持っているのである。そこで、設計者は、失敗した後はその2点について十分に注意を払い、着目するようになる。ただし、そういう注意すべき点、着目すべき点について、ふつう、設計者は口に出して言わない。それが暗黙知の「暗黙」たる由縁である。」

「設計者は、表現して持っている知識、表現しないで持っている知識など、いろいろな知識を使って、設計や生産の活動を行なっている。なかでも、表現しないで持っている知識、すなわち暗黙知がとても大事である。暗黙知は、設計者の永い経験のなかで頭の中に蓄積していったもので、ふつう、筋道を立てて説明したり、立派な文章で書き表したりすることはない。しかし、機械の設計においては事実として認めざるをえない事柄である。暗黙知に反する設計は、設計として成り立たないか、無理に押し通すと重大な欠陥となる。暗黙知を持っていないと、本当の設計はできないのである。このように、暗黙知は人間が行動するうえで必須の知識である。ただし、注意すべきことがある。たとえば、暗黙知を持っている人たちの中に、それをまったく持たない人が入ってきたとしよう。仕方がないことだが、その人は、結果的に、その暗黙知を完全に無視した行動をする。すると、そのときに大失敗が起こるこういう大失敗が、近年の日本では非常に増えている。そこで求められるのが、暗黙知の表出である。 (中略) ある一つの範囲や集団で一緒に仕事をしている人は、それぞれが”これは暗黙知だ”と思っている『個々の暗黙知』を、一度、目に見える形に表出して、みんなで『共有する暗黙知』にすることが必要である。ただ、残念なことに、いまのところ、暗黙知を共有するための手法は確立されておらず、実行もされていない。しかし、何はさておき、『暗黙知の表出』を意識して行わなくてはいけない時代が来ているのである。」
(引用箇所ここまで)

畑村先生は、以上のように書いた後で、暗黙知の表出をし、それを共有して誰でも使えるようにすると、より高められた暗黙知に変わり、それを表出し共有して使っていくと、もっと高められた暗黙知に変わる。そして、あるレベルまで上がっていくと、外からは決して内実は見えないが、その業界や組織では至極当たり前に使っている不思議な状況が生まれる。このような「思考進化のスパイラル」のモデルの一つが、一橋大学の野中郁次郎氏が提唱するSECI(セキ)モデルである、と書かれています。

やはり、野中先生のこのモデルに戻ってくるんですね。そして、最後に、「緊急提言」として、固形燃料タンクの爆発、ガソリンタンクの爆発等の大事故を取り上げ、「暗黙知を表出し共有せよ」と強調されています。

畑村先生の暗黙知の例

そこでは、一つの具体例として、タンク屋の暗黙知である「相似則」、すなわち、「タンクの直径をN倍にすれば、放冷能力は1/Nになる」という法則を取り上げています。

直径1mの固形燃料タンクを作ったとした場合、タンクの中では酸化反応が起こって絶えず発熱していますが、どうやってこれを冷やすのでしょうか。

この程度のスケールであれば、自然放冷で冷えていくでしょう。

ここで、タンクの直径を10倍にして直径10mとしたら、どうなるでしょう?

「相似則」が効いてきます。

発熱する体積は1000倍になるのに、冷却に使われる表面積は100倍になるだけですから、このタンクの放冷能力は1/10に落ちます。こうなると、何をしようと冷却できなくなる、ということです。もし、このような大きなタンクを作るのなら、タンク内部からも冷却できるような構成に設計しないといけない、ということがわかります。

2003年の三重県のゴミ発電所火災の事故では、タンク内部からも冷却できるような構成になっていなかったため、どうやっても火を消すことができず、最後は、タンクに穴をあけて外から水をかけたそうです。それによって、何が起こったでしょうか?

水性ガスが発生して大爆発が起こり、消防士が二人、吹っ飛ばされて亡くなったそうです。火災で800℃以上に過熱した炭素に水をかければ、水が酸素と水素に分解して水性ガスが発生し、それが熱に触れれば大爆発が起こるのは、現場の人間なら最低限の常識であり、暗黙知として持っているべき知識なのに、消火にあたった人はだれも持っていなかった、ということです。

以上のように述べて、最近、大事故が頻発しているのは、現場の人間が暗黙知を共有できなくなっているからだ、早急に「暗黙知を表出し共有せよ」、と結論づけているのです。

畑村先生の「暗黙知」とは、カン、コツ、ノウハウといったものとは少しニュアンスが違う点がありますが、「暗黙知」であることでは、同じと思います。

おわりに

「暗黙知の承継」、「暗黙知の表出・共有」は、知識資産の活用という観点から見て、今、すごく重要なテーマだと思います。

力を入れていきます。