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暗黙知見える化インタビューの前提条件

対象タスクの熟練者が持つ暗黙知を見える化するために、その熟練者にインタビューを行う場合、いきなりインタビューを始めてもうまくいきません。うまくいく(成功する)ためには、前提条件があるのです。それは、インタビューの「対象タスク(例えば発明者面談)の概要(おおすじ。大体の内容)」を、予め、熟練者もインタビュアー(暗黙知見える化担当者)も知っている(共有している)ことです。

「対象タスクの概要」に必ず含まれるべき事項は、通常、
○対象タスクの背景
○対象タスクの目的
○対象タスク遂行の判断基準
○対象タスクに必要な知識・スキル(技能)・経験
○対象タスク遂行に必要なツール・環境
となります。

前提条件の意味

「対象タスクの背景」とは、対象タスクが該当業務においてどのように位置づけられるか、また、該当業務の一般的なやり方はどのようなものか、が分かる情報という意味です。例えば、発明者面談であれば、
・発明者面談は明細書作成業務において、発明の内容を知るための貴重な機会であること
・発明者が持つ発明(抽象的なアイデア)に関する情報を、面談を通じて引き出すというタスクであること
・発明者に過度の負担をかけないため、明細書作成に必要な情報に狙いを定め、且つ、明細書作成に必要な詳細度で引き出すことが大事であること
・発明者の性格や言動、発明の内容に合わせて臨機応変に対応する必要があること
等の情報が該当します。

「対象タスクの目的」とは、何のために対象タスクを行うのか、が分かる情報という意味です。例えば、発明者面談であれば、明細書(特許明細書)を作成するために必要なレベルで発明に係る情報(発明情報)を入手する、という情報がこれに該当します。

「対象タスクの遂行の判断基準」とは、対象タスクの遂行が完了したと判断される基準はどのようなものか、が分かる情報という意味です。例えば、発明者面談であれば、面談で得た情報と面談以外(文書等)で得た情報とを使って明細書の最初の原稿(一次原稿)を作成できるかどうか、という情報がこれに該当します。

「対象タスクに必要な知識・スキル(技能)・経験」とは、対象タスクの遂行のためには、どのような知識とスキル(技能)が必要か、また、どのような経験をどれくらいの期間、経験していることが必要か、が分かる情報という意味です。例えば、発明者面談であれば、明細書の作成に必要な最低限の法律的・技術的知識と、それらの知識を実務で使えるスキルという情報がこれに該当します。また、明細書作成の実務経験が6か月以上、20件以上あること、という情報がこれに該当します。

「対象タスクの遂行に必要なツール・環境」とは、対象タスクの遂行のためには、どのようなツールと環境が必要か、が分かる情報という意味です。例えば、発明者面談であれば、発明者と対談できる静かな部屋、机と椅子、面談を録音するICレコーダー等の録音機、ホワイトボード、フリップチャート等のメモを手書き可能な記録用具、カメラ、ビデオカメラ等の録画機(必要な場合)、という情報がこれに該当します。

対象タスクの概要(前提条件)の入手方法

「対象タスクの概要」に係るデータは、インタビューの前に、対象タスクの熟練者自身に、過去の事例を思い出しながら自問自答してその結果を言語化してもらうことで、入手することができます。ただし、熟練者にこれをお願いする際には、必ず、所定フォームを持つExcelファイル(中身は空白)(これを「タスク概要表」と呼びます)と、仮想の「対象タスクの概要」が入力済みのExcelファイル(データ入力例)を渡し、さらに、自問自答のやり方や考え方、該当する情報の記入の仕方等を説明することが必要です。そうしないと、ほとんど入力がされていないExcelファイル(タスク概要表)が返却されて来て、愕然とすることになります。熟練者に同じ作業をやり直してもらうことになり、熟練者自身だけでなくインタビュアーの負担も増えるので、注意が必要です。

例えば、弁理士業務やエンジニアの設計業務のような、いわゆるデスクワークの場合には、上述した自問自答のやり方や注意点等を適切に伝えれば、熟練者自身の自問自答だけで、暗黙知見える化インタビューに使用できる「タスク概要表」(インタビュアーが望む有益な情報が含まれている)が得られることが多いです。これは、業務の性質上、熟練者自身が自問自答することで気づける事項が多いこと、また、それらの事項には比較的伝えやすい(言語化しやすい)ものが多いため、と推測されます。

もちろん、いわゆるデスクワークの場合であっても、インタビュアーが満足できる情報ばかり得られるわけではありませんが、不足する情報や不適切な情報は、熟練者にEメールや電話で補足的な質問をしたり、後のインタビューで補足質問をしたりすることで補えることが多いので、問題が生じることは少ないです。

しかし、対象タスクの内容(例えば観察の仕方、手指の感覚等が重要なタスク)や熟練者の個性(例えば話下手、言語化が苦手)によっては、熟練者の自問自答では対象タスクの概要を言語化できない、あるいは、できそうにない場合があります。いわゆるデスクワークにもそのようなものがありますし、何らかの身体的作業が伴う業務のほとんどは、これに該当します。その場合は、インタビュアーが熟練者と予備的な打ち合わせを行う必要があります。その打ち合わせを通じて、上記「前提条件の意味」で述べた「対象タスクの背景」等の各種情報を引き出すわけです。引き出した情報は、インタビュアーが所定フォームを持つExcelファイル(後述の「タスク分析表」)に、整理して入力することになります。

後者の場合には、暗黙知見える化インタビューの前に、予備的なインタビューを行いますから、熟練者に対するインタビューを二段階で行うことになります。

暗黙知見える化インタビューの実行(1)

上述したタスク概要表が入手できると、インタビュアーは、そのタスク概要表に含まれている情報(タスク概要情報)を所定ホームを持つExcelファイル(これを「タスク分析表」と呼びます)の該当欄に整理して入力します。これで、暗黙知見える化インタビューを実行できる状況になります。

暗黙知見える化インタビューは、対象タスクに係るタスク概要情報が該当する欄に入力された「タスク分析表」を用いて行います。

インタビュアーは、最終的には、熟練者の回答に基づき「タスク分析表」の該当欄にデータを入力していくのですが、インタビュー中にそれを行うとインタビューに集中できなくなるので、お勧めしません。インタビューで交わされた質疑応答をすべて録音(場合によっては録画)しておき、インタビュー終了後にそれを再生しながら、各々の質問に対して熟練者が回答した内容(情報)を検討・整理して「タスク分析表」の該当欄に入力していくようにするべきです。

このとき、検討・整理の過程で生じた疑問や不明点等について、熟練者に追加の質問をすることが必要になることが多いので、その際に一括して質問をするようにするのがいいです。熟練者の負担を少しでも減らすことができるからです。

暗黙知見える化インタビューは、通常、次のように実行します。
ここでは、一例として、発明者面談の熟練者(例えば特許分野の実務経験の豊富な弁理士)に対してインタビューを行う場合を考えます。

1.対象タスクのサブタスクへの分割

インタビュアーが熟練者に対して最初にする質問は、
「この種のタスクには、処理の流れや手順、段階といったものがあると思います。その流れや手順、段階といったものを考慮して、このタスクをいくつかの部分に分けるとすると、どのように分けられますか?できれば、3つから6つくらいの部分(サブタスク)に分けられるといいのですが・・・。」

「また、それらの部分には、タイトルや見出しをつけるような感じで『名前』を付けてもらえませんか。あとの話がしやすくなるので。」

これに対し、発明者面談の熟練者が、少し考えたあと、
「そうですねえ・・・・。私の経験から言うと、発明者面談は、(1)発明の全体像(概要)の把握、(2)従来技術の問題点の把握、(3)従来技術との相違点の把握、(4)仮の明細書ストーリーの決定、というように、4つの部分に分けられるのではないか、と思います。」
と回答したとします。

  1. そこで、インタビュアーは、こうして得られた熟練者の回答をその場でホワイトボード等に書く(下記参照)ようにし、インタビュアー中に両者で共有できるようにします。この回答が、今後のインタビュー(質疑応答)のベースになるからです。

    発明者面談
    (1)発明の全体像(概要)の把握
    (2)従来技術の問題点の把握
    (3)従来技術との相違点の把握
    (4)仮の明細書ストーリーの決定、

すると、インタビュアーは、次のように質問します。
「わかりました。それでは、(1)~(4)の部分についてお聞きします。これら4つの部分のそれぞれでは、どのようなことを考え、どのようなことをするのでしょうか?また、そのように考え、そのようにするのは、何故でしょうか?簡単な説明で構いません。その考えや行為がどういうことを意味しているのか、が分かればいいので。」

ここからは、熟練者とインタビュアーとの間の質疑応答(対話)形式で書きますね。

熟練者:
「(1)の『発明の全体像(概要)の把握』の部分ですることは、そのタイトルの通り、面談中の発明者が生み出した発明の大まかな全体像、これは概要と言ってもいいですが、それを掴む、ということですね。また、この部分で考えることは、そうですねえ・・・、発明者の話した内容から、『この発明は、従来技術のどのような問題をどのような手段で解決したのか』ということが理解できたと思えるかどうか、ということでしょう。これらが理解できれば、発明の大まかな全体像が分かりますからね。だから、発明者の話を聞くときには、『この発明は、従来技術のどのような問題をどのような手段で解決したのか』ということに、意識を集中するわけですよ。

インタビュアー:
「では、次の部分について、同様にお願いします。」

熟練者:
「(2)の『従来技術の問題点の把握』の部分ですることは、『面談中の発明者の発明が解決したのは、従来技術のどのような問題点なのか』を理解することですね。この部分で考えることは、(1)で掴んだ発明の大まかな全体像をベースにして、その後の発明者の話した内容から、『この発明が解決した従来技術の問題点は、どのようなものか』を知ることです。そのために、この部分では、先に掴んだ大まかな全体像よりも少し具体的な話を聞くわけです。例えば、『この発明が解決した従来技術の問題点について、もう少し詳しく教えてもらえませんか?」とか、『問題点を具体的に挙げるとすると、どのようなものがありますかね?』というように訊くわけですね。これが理解できれば、従来技術の問題点が分かりますから。

インタビュアー:
「続いて、(3)の部分についてお願いします。(3)の『従来技術との相違点の把握』は、(2)の『従来技術の問題点の把握』と似ていますが、分けているのは何故かわかりません。その理由についても簡単に説明をお願いします。」

熟練者:
「(3)の『従来技術との相違点の把握』の部分ですることは、『この発明と、この発明が解決した問題点を持っている従来技術とは、どこが違うのか』を理解することです。一般的に言って、発明の特徴は従来技術との相違点に現れるので、その相違点を知るためですね。(2)の『従来技術の問題点の把握』と区別して別の部分(3)としているのは、発明は従来技術との違いがはっきり分かるように表現しないといけないからです。ですから、(2)の部分で従来技術との違いが分かった場合は、(3)の部分も同時に終わったことになります。

インタビュアー:
「では、最後の(4)の部分について、お願いします。」

熟練者:
「(4)の『仮の明細書ストーリーの決定』は、『明細書のストーリー』、これは明細書に記載する主要な筋道(説明の流れ)のことですが、面談中にそれを仮に決める、ということです。面談すればすぐに仮のストーリーを決められるわけではないのですが、(1)~(3)の部分を通じて理解したことを使って、明細書のストーリーを仮に決めるようにせよ、ということですね。発明は技術的思想(アイデア)ですから、発明の内容をそのまま明細書に書いても抽象的になってしまい、発明と同じ分野の技術者であっても、どのように具体化できるかがわからないのが実情です。このため、明細書には、発明をどのようにすれば具体化(実施)できるかの実施形態(実施例)を必ず記載せよと、法律で規定されています。そこで、明細書の、発明の実施形態(実施例)を説明する箇所で、発明の構成(技術的手段)の説明⇒動作(原理)の説明⇒作用効果の説明という流れを、どのように記述していけばよいかを想定し、『こうすればよさそうだ』と判断できるくらいまで、ストーリーを考えろ、というわけです。

インタビュアー:
「少しわかりにくいですね。仮のストーリーの具体例を挙げていただけますか?」

熟練者:
「そうですねえ・・・。例えば、最低限、『面談中の発明者の発明は、従来技術の×××という問題点を○○○という手段(やり方)で解決したもので、その具体的な手段(やり方)としては、△△△や◇◇◇というものがある」ということを、頭に思い浮かべられれば、仮のストーリーができたと言えるのではないでしょうか。今回の暗黙知見える化の成果が使われる弁理士は、明細書の書き方を良く知っているので、この程度の例示でも十分理解してもらえるのではないか、と思います。

インタビュアー:
「ありがとうございました。今回のインタビューで発明者面談というタスクが上記の(1)~(4)の部分(サブタスク)に分けられること、そして、それら(1)~(4)の部分で、面談する弁理士がすべきこと、考えるべきことが分かりました。」

熟練者:
「よろしくお願いします。わからない点がありましたら、メールか電話で訊いてください。できるだけ早く答えるようにします。」

インタビュアー:
「こちらこそ、よろしくお願いいたします。」

暗黙知見える化インタビューの実行(2)

以上で、暗黙知見える化インタビューは一応終了です。

しかし、上述したインタビューでの質疑応答は、実際の現場で行われる一部のほんの一部にすぎません。実際には、以下のような質問をさらに行い、熟練者の持つ暗黙知をより深く掘り出していきます。

「このタスクのあの部分(サブタスク)で、経験やノウハウが特にものをいうのはどこでしょうか?」

「このタスクのあの部分(サブタスク)で必要な知識、スキル、方略としては、どのようなものがありますか?」

「熟練者と初心者との差異はどこにあるのでしょうか?また、その原因はどこにあると思われますか?」

「あの部分(サブタスク)で使われる考え方、やり方の中で、初心者にはとても難しいが熟練者にとってはそうでもない、というものはありませんか?」

「そのやり方や考え方が初心者にとってとても難しいのは、何故だと思われますか?」

「その難しさを少しでもやさしくすることは、できないのでしょうか?『こうしたらどうか』という提案がありましたら、教えてください。」

「このタスクのあの部分(サブタスク)で必要な状況評価のスキルは、どのように訓練すれば身に着くとお考えですか?」

「このタスクで特に難しいのは、あの部分(サブタスク)で行う状況判断だと思います。あなた(熟練者)はどのような情報を判断基準とされていますか?その判断基準を使って判断する際の手がかりは何でしょうか?その情報と手がかりは、どこに注目していれば手に入りますか?」

「このタスクの実行中に、それが期待していたように進んでいるか、何か問題が生じているかを知るため、どのようなことに注意されていますか?」

「このタスクの性質から考えると、あの部分(サブタスク)の前に、さらに別の部分(サブタスク)がありそうな気がしますが、いかがでしょうか?」

「このタスクのあの部分(サブタスク)は、もっと小さい部分(サブーサブタスク)に分けられるように思えるのですが・・・」

暗黙知見える化インタビューの成果

上記の例では、タスク概要表とタスク分析表を示しましたが、熟練者から得た情報は、これら以外の種々の表(熟練者・初心者比較表、認知スキル一覧表等)や図(フローチャート等)や映像(タスク実行中の映像等)を駆使して、整理・記録されます。これらの表や図、映像は、タスクの種類や性質、難易度等に応じて、適宜選択して作成・使用されます。そして、熟練者から得た情報は、最終的には、PowerPointファイルまたはpdfファイルの形式で、初心者・中堅者が使える学習用教材(テキスト)にまとめられます。これが最終結果です。

こうして作成された学習用教材(テキスト)を使って訓練することで、短期間で、所望のタスクの初心者や中堅者を熟練者レベルまで成長させることが可能になります。必要に応じて、学習用教材(テキスト)を使った訓練法についても、教示・指導が可能です。