2011年11月18日に行ったセミナーをウェブサイト上で再現します。

テーマは、「中小企業がニッチ市場を独占する方法」です。

弁理士の専門分野である知的財産(権)を使います。

本セミナーでは、スライドN0.2に記載の項目に従って説明していきます。

お話しする対象は知的財産(権)の全般に及びます。

事例を使って説明するので、知的財産(権)をほとんどご存じのない方にとっても、分かりやすいのではないか、と思います。

具体的には、特許権、意匠権、商標権について要点を説明してから、事例を使って具体的に説明していきます。

特許権を使った事例が2つ、意匠権を使った事例が1つ、商標権を使った事例が2つです。

知的財産権にはいくつかの種類がありますが、具体的には、スライドNo.3のように分類することができます。

まず、「知的創造物についての権利」があります。これらには、発明について与えられる特許権、物品の形状等に関する考案与えられる実用新案権、物品のデザインに与えられる意匠権、文芸、学術、美術、音楽、プログラムに与えられる著作権、半導体集積回路の回路配置に与えられる回路配置利用権、植物の新品種に与えられる育成者権があります。

さらに、権利とは違いますが、ノウハウや顧客リストの営業秘密も、法律によって盗用から保護されるので、権利のようなものが与えられていると言えます。

営業標識についての権利」としては、商品やサービスに使用されるマークを保護する商標権が知られていますが、これ以外に、会社等の名前である商号や、商品等の表示・商品の形態も、法律によって保護されるので、権利のようなものが与えられていると言えます。

ほかに、「産業財産権」というのもありますが、これは、特許庁が管轄する特許権、実用新案権、意匠権、商標権の四つの総称として使われます。

少し詳しく見ていくと、「知的財産」の一つの区分は、「発明、考案、植物の新品種、意匠、著作物その他の人間の創造的活動により生み出されるもの」です。人間が頭脳や身体を使って新しく生み出したものですね。
これには、発見又は解明がされた自然の法則又は現象であって、産業上の利用可能性があるものを含みます

二つの目区分は、「商標、商号その他事業活動に用いられる商品又は役務を表示するもの」です。標識として使用されるものです。

三つ目の区分は、営業秘密その他の事業活動に有用な技術上又は営業上の情報です。いわゆる企業秘密、トレードシークレットのことです。

知的財産権」には、比較的よく知られている特許権実用新案権意匠権商標権著作権が含まれますが、それ以外に、育成者権があります。

育成者権は、品種改良などによって新たに生み出された植物の新品種に対して与えられる権利で、「種苗法」が根拠となっています。

ここには書かれていませんが、回路配置利用権もあります。これは、IC(半導体集積回路)の配線パターンを創作した第一人者を保護する権利で、「半導体集積回路の回路配置に関する法律」によって保護されます。

次に、少し具体例を見ていきましょう。

スライドNo.5には、登録商標(商標権)の具体例をいくつか挙げています。ご存じの方が多いと思います。

左から順に、日本特許庁の登録商標「JPO」、トヨタ自動車の登録商標「TOYOTA」、株式会社不二家の登録商標「ペコちゃん」と「ポコちゃん」です。

スライドNo.6には、登録意匠(意匠権)の具体例を挙げています。こちらもご存じの方が多いでしょう。

上から順に、小林製薬株式会社の登録意匠「糸ようじ」、セイコーインスツルメンツ株式会社の登録意匠を使った「アルバ・スプーン」です。

スライドNo.7には、特許権で保護されている商品の具体例を挙げています。こちらも有名ですね。

上から順に、片岡物産株式会社の特許製品である「ドリップ・コーヒー」、有限会社谷製作所の特許製品「プルトップ缶」です。

知的財産(権)全般の話は以上です。

次は、中小企業が持っている知的財産の例を挙げましょう。

スライドNo.8に記載されているものは、ほとんどの「中小企業」は持っていますよね。業種によって変わりますが、・・・・。
あなたの会社ではどんなものがあるか、考えてみて下さい。

「個人事業主」もほぼ同様と思います。

スライドNo.8に記載されているように、これらのうち、商号、屋号、店名、商品名、サービス名は、どんな中小企業にも「必ず」と言ってよいくらいあるでしょう。これらは、「商標権」を取ることで、自社の知的財産権になります。

また、お店の内装・外装のデザイン、商品とその包装のデザイン、サービスに使う器具のデザインも、「意匠権」を取ることで、自社の知的財産権になります。

商品やその製法等の技術に関するアイデア(発明・考案)も、「特許権」や「実用新案権」を取得することで、自社の知的財産(権)になります。

それ以外に、営業秘密も、すべての中小企業が持っている知的財産でしょう。営業秘密とは、企業が秘密として保有している営業上や技術上の情報で、具体例としては、顧客名簿、販売マニュアル、仕入れ先リスト、財務データ、製造技術、設計図、実験データ、研究レポート、新規事業計画、 価格情報などが挙げられます。
取得するのに役所への申請等の手続きは不要です。

著作物については、広告会社やデザイン事務所等の中小企業は必ず持っている知的財産権です。これも申請等の手続きは不要です。

植物新品種については、花や農作物、果樹等の新品種を育成した中小企業が持つ知的財産です。役所に申請して「品種登録」を受けることで、知的財産権である「育成者権」を取得できます。

以上のように、ほとんどの「中小企業」は、業種に応じた知的財産と知的財産権を持っていることが分かると思います。

次のスライドNo.9には、製造業と情報通信・インターネット関連サービス業に関わる中小企業や個人事業主が持っている知的財産(権)の例を記載しています。

例えば、製造業では、自社が製造している製品やその製法、使用法等の技術に関するアイデア(課題を解決する 仕組み・プログラム)が考えられます。
これは、特許権または実用新案権になることで、知的財産権になります。

情報通信・インターネット関連サービス業では、自社が提供しているサービスを実現する情報システム・プログラムが考えられます。
これも、特許権または実用新案権になることで、知的財産権になります。

また、業態を問わず、
(a)見込み形態の事業(独自に商品を開発して販売するが、売れるかどうかは分からない)でも、
(b)受注形態の事業(お客からの注文に応じて製造し、製造した分は確実に売れる)でも、
自社が持っている知的財産又は知的財産の種を、自社のニッチ市場の独占に活用することができます。

これらの業種以外でも、少し考えてみれば、思いつくのではないでしょうか。

では、次のスライドNo.10をご覧ください。ここからは特許に関するお話しをします。

スライドNo.10には、知的財産のうちの「特許」について、中小企業の経営者なら知っておくべきことを書いています。

これは、特許に関する最も基本的な考え方ですが、「あなたの会社が販売した製品を、ライバル企業用が購入して分解・分析した結果、当該製品に使われている技術上のアイデア(発明)が容易に判明する場合は、必ず、そのアイデア(発明)について特許出願をして特許権を取得しなければなりません。」特許権がなければ、ライバル企業は、そのアイデア(発明)を合法的に模倣して類似製品を販売できるからです。

ライバル企業が将来、あなたの会社のアイデア(発明)をさらに改良したアイデア(発明)を生みだし、それについて特許権を取得してしまうことも想定されます。そうなると、あなたの会社の製品は、先行販売したにもかかわらず、将来、ライバル企業の特許権を侵害していることを理由に販売できなくなる事態が生じる可能性が出てきます。非常に危険です。

また、可能な限り、特許権を取得した発明の改良発明をし、その改良発明についても特許を取得するようにしてください。そうすれば、あなたの会社の製品が生み出したニッチ市場にライバル企業が参入するのをいっそう防止しやすくなるからです。

事例を使って説明しましょう。

スライドNo.11に描かれているのは、「六角形鉛筆」の発明の例です。これは特許業界では有名な事例です。

発明者は、従来の丸形鉛筆は転がって机から落ちやすいので、それを防ぐために、鉛筆本体の断面を六角形にしました。その点が新規な特徴です。

なお、このようなアイデアを思いついても、それが「発明」であると気づく人はそれほど多くありません。まず、「発明」とはどのようなものかを知ることが大切です。

この例では、「鉛筆本体の断面を六角形にする」というアイデア(技術的思想)が「発明」です。六角形鉛筆それ自体は「発明」ではなく、「発明」を実施した具体例ですので、注意してください。

発明者から「六角形鉛筆」の試作品を提示された弁理士は、少しでも特許権の権利範囲を広げたいので、例えば、スライドNo.12に示したように、その権利範囲(請求項)を「棒状の本体の断面を多角形にしたことを特徴とする鉛筆(又は筆記具)」と記載したと仮定します。これは、発明者から提示された鉛筆の具体例である「断面が六角形」を上位概念化したものですね。

この場合、このままで審査をパスして特許権になったとすると、左に示すような具体例(断面が八角形、六角形、五角形、三角形、又は、四角形)はその特許権の権利範囲に含まれます。
つまり、他社がこれらの断面形状のいずれか一つを持つ鉛筆(又は筆記具)を製造・販売した場合、特許権侵害になります。

しかし、権利範囲(請求項)が「棒状の本体の断面を多角形にしたことを特徴とする鉛筆(又は筆記具)」と記載された特許権では、同じアイデア(発明)を使っているのに保護されない(特許権侵害にならない)具体例があります。

例えば、スライドNo.13に描かれたもの、つまり、本体の断面が楕円形とされた例(左側)と、本体の外部に突起が形成された例(右側)が挙げられます。いずれも、断面が多角形でないのに、従来の丸形の鉛筆より転がり難くなっていますね。

この事例から分かることは何でしょうか?

それは、第一に、「特許権を回避しながら同等の効果を持つ製品を開発されることがないように、あらかじめ考えて、自社の特許権の権利範囲を決めるのは、予想以上に難しい。」ということです。
つまり、いくら注意しても、必ずと言っていいくらい、抜け穴があるものであり、将来、新技術が開発されて、簡単に回避できるようになる可能性もあるのです。

第二に、「逆に、他社の特許権を回避しながら同等の効果を持つ製品を開発するのは、場合によっては、それほど困難ではない。」ということです。

ですから、特許取得を依頼する弁理士は選ばないといけない、ということになりますね。

ただし、この事例を見て、「特許なんて取っても意味がない」と、考え違いしないでください。
特許には、このような難点はありますが、回路配置利用権のような特例的な制度を除き、新しい発明(技術的なアイデア)を保護する制度は特許制度しかないですし、やり方次第で上述したような難点は最小にすることができるからです。

なお、スライドNo.13に描かれた二つの例も包含する権利範囲(請求項)は、「棒状の本体の重心と表面との距離が不均一であることを特徴とする鉛筆(又は筆記具)」となります。

棒状の本体の重心と表面との距離が均一でないこと」、これが六角形鉛筆の発明の「本質」であり、真の「鉛筆が転がらない構造」を表す表現なのです。

「棒状の本体の重心と表面との距離が不均一であることを特徴とする鉛筆(又は筆記具)」という権利範囲(請求項)で特許権が取れれば、上述した具体例のすべてを権利侵害として排除でき、従って、あなたの会社は六角形鉛筆あるいは多角形鉛筆のニッチ市場を独占できます

次のスライドNo.15は、特許の事例2です。

これは、コピー機用トナーの欠陥を解消する技術に関する特許の事例です。

スライドNo.15に書かれているように、オフィスで広く使われている電子写真方式の複写機(コピー機)では、その原理から、「加熱されたローラで紙上のトナー像を加熱するときに、ローラ上にわずかに残ったトナーが紙上に移り、黒点になる」という欠陥があります。

A社は、その欠陥を解消する技術を開発し、特許を取得しました。

A社が開発し特許を取得した技術は、高分子化合物としてはよく知られている化合物の低分子量体をトナーに添加するというものでした。

試験結果によると、スライドNo.16の下図の斜線の分子量範囲が優れた効果を発揮し、それ以外の範囲では歴然と効果が低下することが分かりました。
そこで、A社が取得した特許権の権利範囲も、この斜線の範囲に限定されていました。

これ自体は、特許を取得する際の通常の考え方です。

しかし、A社の前記技術に関する特許出願が、その出願日から1年6か月後に特許公報に掲載されて社会に公開される(出願公開制度)と、A社のライバル会社は、公開されたA社の技術に基づいてそれと同様の技術を研究を開始しました。

そして、A社の特許権(前記化合物の分子量範囲が限定されたもの)を回避でき、しかも、A社の技術と同等の効果(性能)を発揮する製品を販売しました。

つまり、A社は、自社が成功して開発した前記技術について特許を取ったにもかかわらず、前記技術を使った「紙の上に黒点が生じないトナー」のニッチ市場の独占に失敗したわけですね。

ここで、A社の考え方や行動の何がまずかったのか、考えてみましょう。スライドNo.18には、それが整理して書かれていますので、ご参照ください。

まず、発明者についてですが、発明者は、「高分子化合物としてはよく知られている化合物の低分子量体をトナーに添加する」という技術的知見を基本とし、実験により、優れた効果が生じる分子量の範囲を特定しました。従って、当然のことながら、発明の範囲もこの範囲に限定しました。

特許担当者(又は弁理士)は、発明者による分子量の範囲の限定を付けて、特許出願しました。そして、そのまま特許になったので、特許権には分子量の範囲の限定が付いています。

この技術(発明)は、誰でも飛びつくような立派な発明でしたが、それに基づくA社の特許権は、他社の参入を排除する効果を発揮せず、A社にとってはあまり価値のない権利になりました。

A社が取得した特許により、自社が開発した「高分子化合物としてはよく知られている化合物の低分子量体をトナーに添加する」という技術を用いた同社の製品は保護されていたので、決して無意味な権利ではありません。

が、A社が意図した「紙の上に黒点が生じないトナー」のニッチ市場の独占は、できなかったわけですから、その特許の「事業上の価値」はかなり低く評価されても仕方ないですね。

この事例から何が読み取れるでしょうか?
スライドNo.19~21に整理しましたので、ご参照ください。

まず、結果的に、A社の特許権は他社の参入を排除する効果を発揮せず、ニッチ市場の独占という観点からは、無意味な権利になってしまいました。
しかし、A社の発明者や特許担当者のとった行動は、誤りではありません。が、適切ではなかったと言えます。

では、そのような事態に陥ったのは何故なのでしょうか?
また、どうすれば防げたのでしょうか? 上述した失敗例から言えることは、

●第一に、「後から事情を知って、『この特許は、こうすべきだった』ということには、まったく意味がない。」ということです。

従って、特許出願をするときに、「発明者が付けている分子量の限定は本当に必要なのか。何とかこの限定を外して出願できないか検討しよう」と、誰かが説得力をもって言える状況を作らないといけないのではないか、ということです。

そして、そのためには、発明者による技術者としての意見と、特許部門の意見だけでなく、事業部あるいは企画・経営部門の「事業・経営において特許権をどう使いたいのか」という意見を聴く必要がある、ということです。

これらのことは、中小企業であれば、実現は比較的容易ではないでしょうか。

中小企業は通常、役所や大企業のような縦割り組織になっていないから、部署間の壁が低く、その結果、発明者による技術者としての意見と、特許部門(弁理士)の意見と、事業部あるいは企画・経営部門の意見を聴くことに、支障は少ないと考えられるからです。

第二に、特許出願の内容は、原則として、その出願日から1年6か月後に特許公報に掲載されて社会に公開される(出願公開制度)ため、たしかに、特許出願をすることで、ライバル企業にノウハウを与えてしまう場合や、技術開発のヒントを与えてしまう場合があります。

しかし、特許出願をした方は、このことに気づかないことが多いので、問題の根は深いと言えます。

この難点を考えると、新技術についても特許出願をせずに、秘密のまま保持する方がよいとも言えます。ただし、その場合は、同様の技術を開発した他社に先に特許を取られてしまい、自社の事業活動が制限される可能性もあるので、注意が必要です。

なお、このような難点を回避するために、「先使用権」(特許法第79条)というものを利用することは可能です。「先使用権」とは、先使用による通常実施権と称されるもので、一定の要件を充足することにより、他人の特許権が成立していても、その特許権について対抗でき、無償で事業を継続することができる権利です。

しかし、安易に「先使用権」を使うことを考えない方がいいです。自社に「先使用権」があることを立証するのが非常に難しいからです。必ず、専門家に相談してから採用するようにしてください。

先使用権」の詳細については、例えば、下記URLに記載の資料を参照してください。

〇特許庁「先使用権制度の活用と実践~戦略的な知財保護のために」という表題のpdfファイル
(https://www.jpo.go.jp/system/patent/gaiyo/senshiyo/document/index/setumeiyou.pdf)

●第三に、特許を取る目的は、参入障壁を作ることによって事業利益の最大化を図るためです。
従って、各々の特許出願には、事業上の固有の目的があるはずです。この点をしっかり考えておくことです。

●第四に、特許の価値と発明の価値は違う、ということです。
従って、発明の技術的価値が高くても、うまく特許をとらないと、望むような参入障壁は作れません。これは、意図するニッチ市場を独占できないことを意味します。

●第五に、発明だけを見てその権利範囲を最も広くしようとするのではなく、その発明をライバル企業が見たら、どういう類似技術を考えるだろうか、という発想が大事ということです。
これは、主として、特許担当者又は弁理士に聞かせるべきことですが。

●第六に、中小企業の特許戦略の目的は、特許権の取得によって、ライバル企業が自社技術の類似技術(迂回技術)を開発するのを阻止し、または遅らせることで、自社のニッチ市場独占状態を築き上げ、それをできるだけ長く継続させることだ、ということです。

基本的には、特許権は他社の参入を排除して自社事業を守るために取るものですが、より積極的に言えば、上述したように、意図するニッチ市場を独占し、それをできるだけ長く継続させることにあるのです。

従って、これがあなたの会社の中での共通認識になるように、社内体制を整備するようにしてください。