ここで、A社の考え方や行動の何がまずかったのか、考えてみましょう。スライドNo.18には、それが整理して書かれていますので、ご参照ください。

まず、発明者についてですが、発明者は、「高分子化合物としてはよく知られている化合物の低分子量体をトナーに添加する」という技術的知見を基本とし、実験により、優れた効果が生じる分子量の範囲を特定しました。従って、当然のことながら、発明の範囲もこの範囲に限定しました。

特許担当者(又は弁理士)は、発明者による分子量の範囲の限定を付けて、特許出願しました。そして、そのまま特許になったので、特許権には分子量の範囲の限定が付いています。

この技術(発明)は、誰でも飛びつくような立派な発明でしたが、それに基づくA社の特許権は、他社の参入を排除する効果を発揮せず、A社にとってはあまり価値のない権利になりました。

A社が取得した特許により、自社が開発した「高分子化合物としてはよく知られている化合物の低分子量体をトナーに添加する」という技術を用いた同社の製品は保護されていたので、決して無意味な権利ではありません。

が、A社が意図した「紙の上に黒点が生じないトナー」のニッチ市場の独占は、できなかったわけですから、その特許の「事業上の価値」はかなり低く評価されても仕方ないですね。

この事例から何が読み取れるでしょうか?
スライドNo.19~21に整理しましたので、ご参照ください。

まず、結果的に、A社の特許権は他社の参入を排除する効果を発揮せず、ニッチ市場の独占という観点からは、無意味な権利になってしまいました。
しかし、A社の発明者や特許担当者のとった行動は、誤りではありません。が、適切ではなかったと言えます。

では、そのような事態に陥ったのは何故なのでしょうか?

また、どうすれば防げたのでしょうか? 上述した失敗例から言えることは、

●第一に、「後から事情を知って、『この特許は、こうすべきだった』ということには、まったく意味がない。」ということです。

従って、特許出願をするときに、「発明者が付けている分子量の限定は本当に必要なのか。何とかこの限定を外して出願できないか検討しよう」と、誰かが説得力をもって言える状況を作らないといけないのではないか、ということです。

そして、そのためには、発明者による技術者としての意見と、特許部門の意見だけでなく、事業部あるいは企画・経営部門の「事業・経営において特許権をどう使いたいのか」という意見を聴く必要がある、ということです。

これらのことは、中小企業であれば、実現は比較的容易ではないでしょうか。

中小企業は通常、役所や大企業のような縦割り組織になっていないから、部署間の壁が低く、その結果、発明者による技術者としての意見と、特許部門(弁理士)の意見と、事業部あるいは企画・経営部門の意見を聴くことに、支障は少ないと考えられるからです。

第二に、特許出願の内容は、原則として、その出願日から1年6か月後に特許公報に掲載されて社会に公開される(出願公開制度)ため、たしかに、特許出願をすることで、ライバル企業にノウハウを与えてしまう場合や、技術開発のヒントを与えてしまう場合があります。

しかし、特許出願をした方は、このことに気づかないことが多いので、問題の根は深いと言えます。
この難点を考えると、新技術についても特許出願をせずに、秘密のまま保持する方がよいとも言えます。ただし、その場合は、同様の技術を開発した他社に先に特許を取られてしまい、自社の事業活動が制限される可能性もあるので、注意が必要です。

なお、このような難点を回避するために、「先使用権」(特許法第79条)というものを利用することは可能です。

「先使用権」とは、先使用による通常実施権と称されるもので、一定の要件を充足することにより、他人の特許権が成立していても、その特許権について対抗でき、無償で事業を継続することができる権利です。

しかし、安易に「先使用権」を使うことを考えない方がいいです。自社に「先使用権」があることを立証するのが非常に難しいからです。必ず、専門家に相談してから採用するようにしてください。

「先使用権」の詳細については、例えば、下記URLに記載の資料を参照してください。

〇特許庁「先使用権制度の活用と実践~戦略的な知財保護のために」という表題のpdfファイル
(https://www.jpo.go.jp/system/patent/gaiyo/senshiyo/document/index/setumeiyou.pdf)

●第三に、特許を取る目的は、参入障壁を作ることによって事業利益の最大化を図るためです。
従って、各々の特許出願には、事業上の固有の目的があるはずです。この点をしっかり考えておくことです。

●第四に、特許の価値と発明の価値は違う、ということです。
従って、発明の技術的価値が高くても、うまく特許をとらないと、望むような参入障壁は作れません。これは、意図するニッチ市場を独占できないことを意味します。

●第五に、発明だけを見てその権利範囲を最も広くしようとするのではなく、その発明をライバル企業が見たら、どういう類似技術を考えるだろうか、という発想が大事ということです。

これは、主として、特許担当者又は弁理士に聞かせるべきことですが。

●第六に、中小企業の特許戦略の目的は、特許権の取得によって、ライバル企業が自社技術の類似技術(迂回技術)を開発するのを阻止し、または遅らせることで、自社のニッチ市場独占状態を築き上げ、それをできるだけ長く継続させることだ、ということです。

基本的には、特許権は他社の参入を排除して自社事業を守るために取るものですが、より積極的に言えば、上述したように、意図するニッチ市場を独占し、それをできるだけ長く継続させることにあるのです。

従って、これがあなたの会社の中での共通認識になるように、社内体制を整備するようにしてください。

次は、意匠についてです。
意匠について必要な基本的知識は、スライドNo.22に示したとおりです。

まず、「意匠」は、要するに、物品または物品の部分の外観に関するデザインです。(例外はありますが。)工業製品を始めとして、テキスタイル、ファッション、ジュエリー、クラフト、パッケージなど、種々の物に関わるデザインがあります。

次に、「意匠」は、事業で継続して利用されることによって、その財産的価値が高くなる可能性があります。いわゆる「ブランド化」ですね。

意匠権は、中小企業、個人事業主にとって重要性が大です。うまく使ってあなたの会社の独自製品のニッチ市場を守ってほしいです。

これは、被疑製品を見るだけで、直ちに意匠権の侵害である、あるいは、侵害の可能性が非常に高いことが判明する場合がほとんどのため、侵害発見や権利行使が容易だからです。

特許のように、被疑製品を分解したり分析したりして、権利範囲に入るか否かを厳密に検討する必要がないため、裁判に持ち込む必要性も小さいです。この点だけでも、中小企業に最適な知的財産権だと思います。

スライドNo.23に記載された登録意匠(発光ダイオードランプ)は、当所が代理したもので、発光部の形状とその外観がユニークなため、登録に至ったものと思われます。

そのユニークな発光部の形状と外観は、次のスライドに載せています。
発光ダイオードランプ」という物品については、【意匠に係る物品の説明】の欄に記載したとおりです。

スライドNo.24には、「発光ダイオードランプ」の外観を示しています。

発光部の形状と外観がユニークであることがお分かりになると思います。

次に、「意匠」の事例を使って説明します。

スライドNo.25に描かれているのは、「腕時計側」の登録意匠の例です。

腕時計側」とは、腕時計本体において、文字板(又は液晶表示板)、針、及び、機械体を除いたもので、ウオッチケースとも呼ば れ、腕時計の内部を保護するために設けられます。

スライドNo.25の「腕時計側」は、スプーンをひっくり返したようなデザインが特徴です。
また、「腕時計側」の意匠ですから、文字盤は登録意匠に含まれません。

この登録意匠は、B社の腕時計「アルバ・スプーン」に使用されたのですが、同製品が大ヒット商品となったため、競合他社から多数の類似品が発売されました。

ここで、B社の考え方と行動について、考えてみましょう。スライドNo.26には、それが整理して書かれていますので、ご参照ください。

まず、腕時計側の登録意匠の創作過程についてですが、創作者は、この種の腕時計のターゲットである若者が集まる場所に行き、その場の雰囲気を掴むと共に生の声を聴きました。
そして、それらを参考にして、彼らの行動様式や価値観を研究し、デザインを完成したのです。(これがヒット商品となった理由の一つかもしれません。)

続いて、B社は、その意匠を採用した腕時計を発売する前に、日本だけでなく外国でも意匠登録出願をし、日本と外国の双方で意匠権を取得しました。

そして、発売後に出てきた多数の類似品(模倣品)を排除するため、日本では、それらの販売会社に対し積極的に、意匠権侵害を理由として類似品(模倣品)の販売停止を要求する「警告書」を送りました。

これは一定の効果があったそうです。

また、輸入される類似品(模倣品)に対しては、税関に輸入差し止めを申請しました。
こちらは絶大な効果があったとのことです。

以上から分かるように、競合他社からの類似品(模倣品)の排除に「意匠権」が非常に有効な働きをしたのです。



この事例から何が読み取れるでしょうか?
スライドNo.27~29に整理しました。

まず、意匠権は、特許権や実用新案権に比べると、侵害行為の発見が容易であり、侵害の立証も容易で、類似品(模倣品)の排除に使いやすい
、という特徴があることです。

上述したように、「税関への輸入差し止め申請」も有力な方法です。中小企業はもっと活用すべきです。

第二に、意匠に係る物品(デザインされた物品)が、小物であれば、「図面代用見本」として、その実物を使って意匠登録出願が可能だ、ということです。
また、それができなくても、その写真をとって、 「図面代用写真」として意匠登録出願ができることです。

ただし、図面、写真、見本のいずれを選ぶかで、出願する「意匠」の内容(権利範囲)が少し変わることに注意してください。

これについては、弁理士等の専門家にご相談ください。

第三に、権利範囲が広がるように、侵害行為の訴追が容易になるように、
 ・考え出したデザインが意匠登録の対象となるかどうか、
 ・対象になる場合、どのような「物品名」で出願するか、
 ・図面、写真あるいは見本のいずれを使って出願するか
について、慎重に考える必要がある
、ということです。
これについても、弁理士等の専門家にご相談ください。

第四に、意匠権は、登録意匠そのものだけでなく、その類似範囲にも及ぶのですが、「どこまでが類似範囲になるのか」、「類似範囲に含まれるかどうか」の判断が難しい、ということです。
従って、この点については、弁理士等の専門家にご相談ください。

一般に、意匠の類似範囲は、その意匠の独自性(ユニークさ)の程度が大きい場合は、広くなる傾向があり、その程度が小さい場合は、狭くなる傾向があります。

意匠の類似範囲は、権利者が予想するものより狭い傾向があるため、自分では明らかに意匠権侵害と思っていても、裁判所では非侵害と認定されることもあります。ご注意ください。
その理由の一つは、一般に、権利者は、第三者が考えるよりも、自分の権利を強いもの、範囲は広いものと考えがちなことにあります。

第五に、デザインは、意匠法(意匠権)だけでなく、著作権法や不正競争防止法でも保護されるため、これらによる保護も同時に考えるべきだ、ということです。

第六に、意匠には、
・特許のような出願公開制度がない
・流行に応じて出願された意匠(デザイン)は、意匠公報に掲載されないことが多い
意匠出願の数自体が特許よりかなり少ない
という特徴があります。

従って、自社の新規な意匠に類似する公知意匠があるかどうかを調査する際には、登録意匠を掲載して公開する「意匠公報」だけではなく、各種物品のカタログ、雑誌、ウェブサイトなどにも注意が必要だ、ということです。

第七に、技術的な問題を解決したもの(発明や考案)については、特許出願または実用新案登録出願をしますが、それが物品の形態として現れていれば、「意匠」として出願できないか、も検討すべきだ、ということです。

例えば、電子回路用コイル、ドレインホースなどの、機能が重要でデザインは重要でない物品の場合です。

この種の機能重視の物品でも、その外観や形状に独自性が見られれば、新しい「意匠」として意匠登録出願をすることが可能です。

事実、この種の物品に関する意匠について多数の意匠登録出願がされ、多数が意匠登録もされています。

第八に、先ほども少し触れましたが、意匠(デザイン)を図面で出願する場合と、図面代用写真で出願する場合と、見本で出願する場合とで、類似範囲が変わり、権利範囲が変わる、ということに注意すべきだ、ということです。

第九に、上述した第八の事項と同様に、「製品全体」で出願するか、その「部品」で出願するか、「部分意匠」で出願するかで、類似範囲が変わり、権利範囲が変わることに注意すべきだ、ということです。

第十(最後)に、ニッチ市場の独占をより確実にするには、意匠の場合も、特許の場合と同様に、ライバル企業は将来、どのようにして自社の意匠(デザイン)を模倣した類似製品を販売するだろうかと考えて、基本的な意匠(デザイン)だけでなく、そのバリエーション(変形デザイン)についても併せて創作し、出願すべきだ、ということです。

意匠のお話は以上で終わりです。

次のスライドNo.30には、知的財産のうちの「商標」について、中小企業の経営者なら知っておくべきことを書いています。

まず、商標」とは、自他商品識別のために、商品または役務(サービス)について使用されるマークを意味する、ということです。

第二に、「商標」は単なるマークですから、「商標」それ自体に価値はありません。しかし、商標」を事業で継続的に使用することによって「商標
」にあなたの会社の業務上の信用が一体化され、「商標」だけで顧客吸引力を持つようになります。つまり、単なるマークである「商標」に財産的価値が生じたことになります。


いつかは、自社の有名な「ブランド」に育てるのを目標にしましょう。

第三に、「商標」は、誰でも知っているような大企業だけではなく、中小企業にとっても重要性が高く、分かりやすいものです。

どうか、あなたの会社のニッチ市場を独占するために、「特許」・「実用新案」や「意匠」と共に、「商標」もうまく使ってください。

続いて、「商標」の事例について説明しましょう。

スライドNo.31には、C社の「商標」の使用例を示しています。

このスライドには、「熱さまシート」という登録商標(図案化されています)が印刷された製品の包装が示されています。

熱さまシート」という製品は、水分を含んだジェルを不織布に塗布した冷却シートです。額などに貼って使うもので、皮膚の温度を下げることで発熱時のつらさを和らげる効果があります。

では、スライドNo.32を参照しながら、C社のとった考え方と行動について考えてみましょう。

C社は、「ユニークで独創的な製品を提供する」というスローガンを持っている企業として知られています。

C社は、前記スローガンに基づき、「額などに貼って皮膚の温度を下げることで、発熱時のつらさを和らげる製品」のニッチ市場を創造しました。

第一に、「貼るタイプの冷却シート」とのアイデア提案に基づき、 「不織布の上に塗り込む冷却ジェルシート」をコンセプトとして、先のスライNo.31に述べたような新製品を開発しました。

そして、その新製品に「熱さまシート」というユニークな名前を考え出し、商標権を取得しました。

なお、前記新製品に対する「熱さまシート」というネーミングは、「ネーミングは常に『わかりやすさを徹底的に追求』し、見ただけ・聞いただけで何に使う製品なのか、どんな製品なのかが分かるものを選択する」というC社の方針に従って検討した結果だと思います。

これは、上述した「ユニークで独創的な製品を提供する」というスローガンにも沿ったものでしょう。

第二に、「わかりやすさを徹底的に追求する」という方針でマーケティングを行いました。

つまり、見ただけ・聞いただけで、何に使う製品なのか、どんな製品なのかが、消費者に分かるように告知したのです。

具体的には、商標とパッケージで、製品コンセプトや使用方法を消費者に正しくわかりやすく伝えるようにしました。

そうして、新製品の名前が消費者の印象に残るようにしたのです。

第三に、「熱さまシート」という名前(登録商標)に加えて、「熱さま坊や
」という通称とそのキャラクターを考案すると共に、それらも併せて商標登録
しました。

次に、この事例から読み取れることを考えてみましょう。

まず、(1)新製品に付ける商標のユニークな発想法が挙げられます。
これは、新しいニッチ市場を生み出すための有効な考え方、と言えるかもしれません。

C社の「ユニークで独創的な製品を提供する」というスローガンに基づくもの、とも言えるでしょうね。

次に、(2)C社は、「パッケージは物言わぬ営業社員」との考えを持っているようです。つまり、店頭でお客に語りかけるのが、パッケージとそれに付いた商標であるとの考え方です。

さらに、(3)「見ただけ・聞いただけで、何に使う製品なのか、どんな製品なのかが分かるような商標(名前)は、商標登録が困難のものが多い」という事実があります。

C社はもちろん、その事実を知っていますが、敢えてそのような商標を考案し、出願を続けているのです。 そして、特許庁審査官から「商標登録できないものである」との否定的見解を示されても、粘り強い対応で前記事実を克服し、商標登録に結びつけてきたことが伺えます。

(4)歯間ブラシの商標「糸よーじ」も、「熱さまシート」と同様に、苦労して商標権を取得しています。

(5)この事例は、ネーミングとマーケティングとの連携の重要性が分かる事例だと言えます。

スライドNo.34には、先のスライドNo.33で触れた「歯間ブラシ」の登録商標「糸よーじ」の例を示しています。

スライドNo.34の登録商標「糸ようじ」の登録番号は、第2707204号ですが、それ以外に、指定商品や字体等を変えて複数の登録番号で登録されています。

糸ようじ」の商標は、その製品の形態それ自体が「立体商標」としても登録されています(登録第4425480号)。

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