「暗黙知見える化」の方法論② 「認識(再認)主導型意思決定Recognition-Primed Decision (RPD))モデル」(2026/05/07)

1.「RPDモデル」とは

「RPDモデル」は、アメリカの認知心理学者・ゲイリー・クライン(Gary Klein)が1980年代後半に消防士の研究を通じて見出したもので、専門家やベテランが極限状態(時間的プレッシャー、情報不足、不確実性)において瞬時に正しく判断を下すプロセスを説明する「意思決定モデル」です。

「自然主義的意思決定(Naturalistic Decision Making:NDM)」という、現実の現場で人がどのように意思決定しているかを研究する枠組みの核心をなしています。

「RPDモデル」は、経験に基づくパターン認識によって状況を理解し、最初に思い浮かんだ行動案をメンタルシミュレーションで評価して実行するか否かを決定する、という意思決定モデルです。

具体的には、熟練者は、ある状況に直面すると、「RPDモデル」に従って判断します。つまり、他の案との比較をすることなく、瞬間的に頭に浮かんだ1つ目の行動案を採用し、頭の中でシミュレーションをして「その行動案で上手くいくか?」を確認し、「上手くいく」と分かればその行動案を実行します。しかし、「上手くいかない」との結果が出たときは、頭に浮かんだ2つ目の行動案について同様のシミュレーションをして実行するか否かを決定します。このように、頭に浮かんだ行動案を1つずつ順にシミュレーションを行って、「上手くいく」と分かった案を実行する、と決めるわけです。

熟練者は、このようにして、状況ごとに意思決定をしていると考えられるのです。

「RPDモデル」は、「複数の案を合理的に比較して最適解を選ぶ」という従来の意思決定モデルとは対照的に、経験・直感・状況理解を重視する点が特徴です。

2.「RPDモデル」の基本プロセス(簡易版)

「RPDモデル」の基本プロセスは、以下のようになります。

① 状況認識(パターン認識)
② 行動案の想起
③ メンタルシミュレーション
④ 実行(必要なら修正)

ある状況に直面したとき、熟練者は、最初に、パターン認識によって、この状況は過去の経験から頭の中に蓄積した状況パターンのどれに合致するか、と考えます。

つまり、頭の中に蓄積した状況パターンそれぞれを見分けるために、状況パターンごとに規定された「手掛かり」を見出して、「現状はどのような状況と言えるのか?」「現状ではいったい何が起こっているのか?」というように、状況を評価・診断するわけです。⇒① 状況認識(パターン認識)

過去の経験から、「①状況認識」によって合致すると認識した状況パターンには、最適な行動案が結び付けられているため、当該状況パターンにおいて採るべき行動案が瞬間的に頭に浮かびます。⇒② 行動案の想起

そこで、頭に浮かんだ行動案を実際に採用してその通りに行動した、と想定し、頭の中で、その行動案のとおりに実行した場合に起こる事象を順にシミュレーションし、最終的な結果を推測します。そして、その結果が期待するものであれば、その行動案で「上手くいく」と結論し、実際にその行動案に沿って行動する、と決定します。⇒③ メンタルシミュレーション

なお、メンタルシミュレーションっで「上手くいかない」との結果が出たときは、頭に浮かんだ2つ目の行動案について同様のシミュレーションをして実行するか否かを決定します。3つ目以降の行動案についても、同様です。

以上のようにして採るべき行動案が決まると、その行動案に沿って実際に行動します。実際に行動した結果、行動の内容を一部修正した方がよいことが判明したときは、適宜修正を加えながら行動を続けます。⇒④ 実行(必要なら修正)

3.なぜ「RPDモデル」が成立するのか?

なぜ「RPDモデル」が成立するのでしょうか?

理由は2つあります。

第1の理由は、「 パターン認識」にあります。
つまり、熟練者は、過去の経験によって、いくつかの状況パターンを頭の中に蓄積していますが、それらの状況パターンごとにそれを見分けるための「手掛かり」を決めています。

さらに、過去の経験によって頭の中に蓄積した状況パターンのそれぞれについて、その状況パターンのときに採るべき最適な行動案が結びついています。つまり、状況パターンごとに「典型的行動」が結びついているわけです。

従って、熟練者は、例えば、直面した状況から「手掛かりa」を見つけることができれば、この状況は「状況パターンA」と考えてほぼ間違いない、と瞬時に認識できるのです。

第2の理由は、「 メンタルシミュレーション」です。
つまり、「パターン認識」によって該当すると判断された状況パターンとセットになっている行動案(典型的行動)を頭の中で試してみて、「うまくいくか?」「問題がないか?」を確認できるからです。

このように、実際に行動する前に、メンタルシミュレーションを行い、採るべきと考えた行動案(典型的行動)を頭の中で試してその結果を確認するため、瞬間的な意思決定にもかかわらず、間違いが生じないのです。

4.「RPDモデル」の4つの副産物

「RPDモデル」では、状況を認識した瞬間に、次の4つの副産物(by-products)が同時に立ち上がります。

・予測(どうなるか)
・手がかり(何が重要か)
・行動(何をするか)
・ゴール(どこまで目指すか)

予測(どうなるか)」とは、直面した状況が今後どのように変化してどのような結果になるか、の予測です。つまり、直面した状況の将来予測が、状況認識の瞬間に頭の中に生じるのです。

手がかり(何が重要か)」は、状況認識の瞬間に頭の中に生じる、状況パターン識別用の「手掛かり」を指しています。「3.なぜ「RPDモデル」が成立するのか?」で述べたように、頭の中に蓄積した状況パターンそれぞれを見分けるために、状況パターンごとに「手掛かり」が規定されているからです。

行動(何をするか)」は、各状況パターンに結び付けられた最適な行動案のことです。「2.「RPDモデル」の基本プロセス(簡易版)」と「3.なぜ「RPDモデル」が成立するのか?」で述べたように、状況パターンごとに最適な行動案が結び付けられているため、当該状況パターンにおいて採るべき行動案が瞬間的に頭に浮かぶわけです。

ゴール(どこまで目指すか)」は、その状況の中で「現実的に達成できる範囲」として、暗黙に設定されている目標のことです。当該状況パターンにおいて採るべき行動案が瞬間的に頭に浮かびますが、その行動案で現実的にはどこを目指して行動すればよいのか、を示す行動目標(ゴール)を指しています。

このゴール(行動目標)は、行動選択を制約するものであり、理想的なゴールではなく最善なゴールでもないが、現実に達成可能なゴールである、という点に注意が必要です。

以上述べたことから、「直観(intuition)」の正体が明らかになった、と言えます。

5.「RPDモデル」の3つのバリエーション

「RPDモデル」には、3つのバリエーションがあります。

バリエーション1(典型)」は、現在の状況がどのようなものかが、すぐに分かり、すぐ行動できる場合です。

バリエーション2(不明確)」は、蓄積したどの状況パターンにも当てはまらない、又は、2以上の状況パターンに当てはまる等の事情により、「状況が分からない」ため、現在の状況に適合するような「解釈(ストーリー形成)」が必要な場合です。言い換えると、新たな状況パターンの生成が必要になる場合になります。

バリエーション3(複数案)」は、現在の状況がどのようなものかは、すぐに分かるが、採り得る行動候補が複数あり、1つの行動候補に絞れない場合です。複数に行動候補について順次メンタルシミュレーションを行って、すべての行動候補を順次評価することが必要な場合です。

6.「応用認知的タスク分析(ACTA)」との関係

「RPDモデル」の概要は、以上のようなものですが、「応用認知的タスク分析(ACTA)」と同様に、これも「暗黙知見える化」に使えるツールです。「ACTA」の手法は、「RPDモデル」の中身である熟練者の「認知プロセス」を引き出すために非常に有用なのです。

「RPDモデル」で重要なのは、判断の核心は「何に気づいたか(cue)」と「どの経験に結びついたか」にある、という点です。

ACTAは、このRPDの各プロセスを外から掘り起こすために設計されています。
特に「プローブ質問」は、認知スキルに直接対応する質問装置です。

対応関係の全体像は以下のように整理されます。

ACTAのプローブ質問引き出すものRPDのどの認知スキルか
「どこを見て判断しましたか?」注目ポイント状況認識・手がかり抽出
「異常だと感じた瞬間は?」違和感のパターン気付き検出
「そのとき何を予測しましたか?」未来予測メンタルシミュレーション
「他の選択肢は浮かびましたか?」行動レパートリー行動案想起
「初心者は何を見落としますか?」熟練特有の注意点パターン知識

つまり、
ACTAの質問=「RPDモデル」の内部プロセスの観測装置、と言えるわけです。

具体的に言うと、上記の表は、「RPDモデル」の① 状況認識(パターン把握)、② 重要手がかりの抽出(キュー検出)、③ 行動案の想起、④ メンタルシミュレーション、⑤ 実行/修正という構成を解説した後、その構成をベースにして、容易にプローブ質問を設計できる、ということです。

 つまり、上記の表の中のプローブ質問により、熟練者の直観的判断の基本的な(大まかな)構成要素を引き出せるのです。

7.具体例

具体例で考えてみましょう。

①:製造トラブル対応

現場

機械の振動異常

熟練者の実際の判断(RPDモデル)

  • 音を聞いた瞬間に「ベアリング摩耗」と直感
  • 過去の事例を想起
  • 交換手順を頭の中で確認
  • 停止判断

ACTAでのプローブ質問

  • 「最初に気づいた兆候は?」
  • 「正常との違いはどこ?」
  • 「そのままだとどうなると予測しましたか?」
  • 「新人ならどこで判断を誤りますか?」

引き出される認知スキル

  • 音の周波数の違いを聞き分ける能力
  • 振動の周期から故障箇所を推定するパターン記憶
  • 進行予測(破損→停止→事故)

これはRPDモデルの①〜④をそのまま言語化したものです。

②:特許明細書のクレーム検討

熟練者のRPDモデル的判断

  • 発明内容を見て「侵害回避されやすい構成」と直感
  • 過去の拒絶理由事例を想起
  • 補正パターンを頭内シミュレーション
  • クレーム構造を再設計

ACTAの質問

  • 「どの表現を見て弱いと感じましたか?」
  • 「どの拒絶理由を連想しましたか?」
  • 「補正の選択肢は何が浮かびましたか?」
  • 「新人はどこで誤ると思いますか?」

抽出される認知スキル

  • 拒絶理由の予兆検知
  • クレームの“抜け穴”の早期把握
  • 審査官思考のシミュレーション

これがRPDモデルの「経験に基づく判断」です。

8.RPDモデルとACTAの関係において重要な点

重要なのは次の点です。

RPDモデルでは、熟練者は「比較して選ばない」、「最初に浮かぶ行動案」を評価して決める、とされています。これに対し、ACTAのプローブ質問は、熟練者の頭に「最初に浮かんだ理由」を分解して聞き出す質問内容になっている、ということです。

言い換えると、プローブ質問が重要なのは、熟練者は、無意識レベルで状況判断しているため、「自分の判断理由を説明できない」し、「なんとなく分かる」と言うことが多いのに対し、ACTAのプローブ質問は、熟練者の状況判断で使われている「注意点」、「手掛かり」、「予測」、「失敗パターン」を順番に引き出すため、直観を言語化された認知スキルに変換することができる、ということです。

つまり、ACTAのプローブ質問は、RPDモデルの「直観の中身」を言語化・構造化する手法と言えるわけです。

9.終わりに

以上述べたように、RPDモデルにおける状況判断の核心は、「何に気づいたか(cue)」と「どの経験に結びついたか」にあるため、ACTAのプローブ質問を使って、熟練者に「気づいた手掛かりと、それに結びついた経験」を聞き出すことで、熟練者の判断の核心となる要素を見える化できる、ということです。

RPDモデルから、直接的に、ACTAのプローブ質問と同様の質問を考えることもできます。例えば、「パターン認識」で使われているパターンの中身を知りたければ、それを問う質問を作ることが可能です。

このようにして熟練者の熟練技術・技能を抽出することができれば、それを新人教育に使ったり、マニュアル化したりすることが容易になるため、「社内のベテラン社員の退職により自社の熟練技術・技能が失われる」というリスクを回避又は抑制することができる、というメリットがあります。

近日中に開催予定の「暗黙知見える化セミナー(オンライン)・入門編」では、ここまでの内容を中心として解説します。セミナー終盤には、ACTAのプローブ質問について解説し、その使い方についても解説します。

最後までお読みいただき、ありがとうございます。