
次に、見える化した暗黙知を組織においてどのように活用するか、という点について説明します。
スライドNo.17は、初級レベルです。
最も分かりやすい活用の形態であり、言語化・図像化された知識(形式知)を共有します。
例えば、マニュアル、報告書、設計標準等の形になったものを、そのまま共有するわけです。
又は、日常業務における行動をそのまま録画し、その録画に作業者自身が注意点等についてコメントを付けて形式知化します。
これは、「簡易動画マニュアル」として使用することもできます。
可能であれば、後から、動画にカン、コツ、ノウハウを追記すると、簡易マニュアルの価値が高くなります。
この方法は、低コストで実施できますし、担当者も不要ですから、「試しに実施してみるのが容易」、「早期に成果が出る可能性が高い」というメリットがあります。

次のスライドNo.18は、中級レベルの活用形態です。
初級レベルの導入後、あるいは、それと並行して導入することが多くなると思います。
例えば、日常業務に含まれている暗黙知(カン、コツ、ノウハウ)を見える化し、情報システムに保存して共有する「ナレッジマネジメント」の形態が考えられます。
この場合、社員の中から「ナレッジマネージャ」を育成することが必要になると思います。
「ナレッジマネージャ」は、言語化すべき暗黙知(カン、コツ、ノウハウ)を選別し、言語化し、管理する、といった作業を担当します。

次のスライドNo.19は、上級レベルの活用形態です。
初級レベルと中級レベルの実施後に、追加して導入されるもので、熟練者が持っている暗黙知を見える化します。
具体的には、熟練者が持つ熟練技術とそれに含まれる暗黙知を見える化し、されにそれを上位概念化(一般化)して、言語化・体系化します。最終的には、「文書(教材)」の形に整理・保存されます。
その「文書(教材)」を用いて、後継者が「独習(セルフトレーニング)」しながら熟練技術を実践する体制を整えることで、後継者が容易に熟練技術を習得(体得)することが可能になります。
熟練者の指導が受けられる状況にあるのであれば、「独習(セルフトレーニング)」に加えて、「指導のもとでの経験」、つまり、熟練者の指導のもとで後継者が熟練技術を実践(経験)するという形態をとることで、後継者育成の効率を上げることもできます。
「実践コミュニティ」を作って、後継者が継続的に学習するような体制を作ることができれば、一番よいと思いますが、簡単ではないようです。
以下は、「実践コミュニティ」についての、公益財団法人・日本女性学習財団のウェブサイトによる説明です。(https://www.jawe2011.jp/cgi/keyword/keyword.cgi?num=n000128&mode=detail&catlist=1&onlist=1&alphlist=1&shlist=1)
「あるテーマについて関心や問題、熱意などを共有し、その分野の知識や技能を、持続的な相互交流を通じて深めていく人々の集団を「実践コミュニティ(Community of Practice)」と言う。ウェンガー,E(米)が1991年、徒弟制度の観察から導き出した概念。
欧米企業が知識や情報そのものを管理するナレッジ・マネジメントに行き詰まり、知識を維持・向上させるためには人と人とをつなぐことが重要だと認識して導入するようになった。知識や情報をもつ人と人を組織を超えてつなぐことによって、言語や数値で表現できる知識(=形式知)と経験に根ざした主観的な知識(=暗黙知)の相互補完的な関係を発展させることができる。具体的な経験である信念や視線、熟練されたノウハウなどを通して情報がメンバーに内面化され、文脈を共有することで新たな知識の創造が可能となる。」
興味がある方は、一度、関連する書籍やウェブサイトを調べてみてはいかがでしょうか。その価値はあると思います。

次に、弁理士の私(泉)が「暗黙知見える化」を始めた経緯についてお話しします。
私的な話ですが、ぜひお伝えしたいので、スライドに書き加えました。
スライドNo.20をご覧ください。
まず、「これしかない」との覚悟で、28歳でメーカーのエンジニアから転職し、何も知らずに特許の世界に飛び込みました。
転職した特許事務所で実務経験を積んでいった結果、特許の仕事と馬が合うことが分かり、「何とかやっていけそうだ」と一安心しました。
転職から約6年かかって、転職時の目標であった弁理士試験に、やっとのことで合格しました。1987年(昭和62年)のことです。その後は、弁理士として、全力を傾注して強い特許取得に邁進してきました。
しかし、あるとき、特許が必須の事業は限定され、特許が事業に及ぼす効果も限定的であることに気づき、強い挫折感と無力感を感じるようになりました。
そこで、弁理士としての知識と経験を活かすことができ、確実かつ直接的により多くのクライアントに貢献できる仕事を模索しました。
その結果、約10年の試行錯誤を経て、ようやく到達したのが「暗黙知見える化」だった、というわけです。

弁理士の私(泉)が「暗黙知見える化」というビジネスを始めたきっかけは以上の通りですが、私は、次のスライドNo.21に書いているとおり、決して、特許の重要性を否定しているのではありません。
「特許を活かせる企業と、そうでない企業を区別せよ」ということ、です。
つまり、「特許を活かせる企業」であるなら、可能なかぎり特許対策を強化すべきですし、「特許を活かせる企業でない」のなら、特許以外の方策を選択すべきです。
その後者の場合に使える方策の一つが、「暗黙知等の知識資産の活用」ということになります。しかし、これは、前者の場合にも使えることは言うまでもありません。

次のスライドNo.22には、「暗黙知見える化」を熟練弁理士が行う三つの理由(適性)について書いています。
第一の理由は、熟練弁理士が持つ高度の発明言語化・概念化能力(スキル)を最大限活用できる、ということです。
第二の理由は、熟練弁理士が持つ高度のインタビュー能力(スキル)を最大限活用できる、ということです。
そして、第三の理由は、熟練弁理士が持つ高度の特許性判断能力(スキル)を最大限活用できる、ということです。
以上で、弁理士の私(泉)が、本来の業務とは畑違いの「暗黙知見える化」というビジネスを始めた経緯と動機を理解していただけたと思います。
次は、弁理士の思考法について説明します。

特許明細書を書くとき、弁理士は頭の中で何をどのように考えているのでしょうか?
興味ありませんか?
ここからは、それについてお伝えします。
「特許明細書は、特許庁審査官・審判官・裁判官あてに書く発明解説書」といえます。
特許明細書の作成という仕事は、暗黙知のかたまりであり、暗黙知なしでは書けません。(最近は、この仕事をAIの支援を受けていかに効率化するか、という試行が盛んに報告されていますが・・・。)
弁理士には、スライドNo.23に示したような、特有の思考パターンがあると思います。それは、以下の6つです。
1.発明の特徴を掴む
2.発明の課題解決のメカニズム(作用)を掴む
3.発明の課題(目的)と作用(メカニズム)を決める
4.発明の本質を掴む
5.「特許指向(特許に適した)の発明」を生み出す
6. 「特許指向(特許に適した)の発明」 の実施形態を作成する
人によって多少違った捉え方があるとは思いますが。

次のスライドNo.24には、特許明細書を書くときの弁理士の思考法において、「質問」が重要であることを述べています。
まず、「弁理士の仕事の質は、質問の力量で決まる」と言えます。
その質問には、発明者に対して行うものだけでなく、自分自身に対して行うものも含みます。
その質問は、その内容、つまり、「どのような質問をすべきか」が重要ですが、その内容は経験によって変わってきます。
質問の重要性については、アインシュタインについては、次のようなことが言われています。
アインシュタインは、
「60分間で、これから出す問題についての解決策を見つけなければお前の命はないと言われたら、どうするか?」と聞かれた時、
「55分間は、適切な質問をするために使う」
と答えたそうです。
また、神経言語プログラミング(Neuro-Linguistic Programming)(NLP)では、「質問は焦点化を引き起こし、空白を作り出す」と言われています。これは、
・質問内容が相手の意識の方向を決定する
・質問内容が相手の意識の空白を作り出し、暗黙知を引き出す
という二つの意味を含んでいると考えられます。
質問の重要性は、ここで改めて言うまでもないのかもしれませんが、そのことは忘れがちです。改めて注意すべきことです。

次のスライドNo.25には、質問の具体例が書かれています。
(a) 発明において解決された課題(目的)は何か?
課題(目的)の確認が最重要だからです。
(b) (a)の課題(目的)は、どのような手段により解決されたのか?
手段に注目する、手段を確認する、ということです。
特許権の権利範囲を左右するのは手段だからです。
(c) (b)の手段に含まれるメカニズム(課題解決原理)は何か?
発明の本質は課題解決のメカニズムだからです。
(d) (c)のメカニズムは上位概念化できないか?
できるとすると、どのようになるか?
常にこのように考えなければいけません。
(e) (d)のメカニズムの実行には、どのような構成要素が最小限必要か? と、自問自答します。
(f) (e)の各構成要素は上位概念化できないか? できるとすると、どのようになるか? と、自問自答します。
(g) (a)の課題(目的)は上位概念化できないか? できるとすると、どのようになるか? と、自問自答します。
(h) (d)の原理、(f)の構成要素、(g)の課題(目的) から、どのように発明を概念化できるか? と,自問自答します。
(j) (h)の発明を実施形態や実験データでサポートできる範囲は、どこまでか? と、自問自答します。
(j) (h)の発明は、どのような装置、方法または生産方法として概念化できるか? と、自問自答します。
(k) (j)で得た発明を請求項の形式で書くと、どのようになるか? と、自問自答します。

次のスライドNo.26には、前のスライドの質問のうち、特に重要なものと、確認すべき事項について書かれています。
第一に、目的の確認が最も重要です。
発明の本質は何なのか、それで納得できるか、というように考えます。
第二に、手段に注目する、手段を確認する、ということです。
特に、その手段の中で新規なものはどれか、重要なものはどれか、というように考えます。
第三に、メカニズム(課題解決原理)を確認することです。
・課題(目的)と手段を納得できるロジック(論理)でつなげる、そのようロジックを考え出すことが重要です。
・審査官が「なるほど」と思ってくれる(納得する)ことが大事です。そのためには、メカニズムに合理性があること、自然法則や科学の裏付けがあること、論理の飛躍がないこと、明瞭かつシンプルで納得してもらいやすいものであることが大事です。
・常に、どのようなメカニズム(原理)になるか? どのようなメカニズムにするか? と考えます。
・常に、メカニズム(原理)の実行に必須の構成要素は何か? と自問自答します。これが請求項(クレーム)に直結するからです。
・常に「課題(目的)・手段(構成)・作用・効果」というフレームワークを意識するようにします。

ここからは、特許明細書を書くときの弁理士の思考法について、具体例(六角形鉛筆の発明の例)を使って説明します。
弁理士の業界では、非常によく知られた事例です。
発明者Aさんが「六角形鉛筆」の発明Xをしました。
スライドNo.27に示したように、その発明Xは、断面が丸形だった従来の鉛筆の断面を六角形にして、転がりを防止する」というものでした。

発明Xの話を聞いた弁理士は、発明Xを整理して、発明Xの目的(課題)、構成(手段)、効果(利点)を明らかにします。つまり、これらをすべて「言語化」するわけです。
これにより、発明Xが、目的(課題)、構成(手段)、効果(利点)という三つの構成要素からなる構造体として表現されます。これは発明の「構造化」と呼ぶことができます。
発明Xの効果は、「机などの上に置いても転がらない(転がり難い)。従って、落下して芯が折れるという事態が発生する可能性が低い。」ということです。
そうすると、発明Xの目的(課題)は、効果の裏返しのようなものですから、「机などの上に置いたときに転がらないように((転がり難く))する」ということになります。
そうすると、発明Xの構成(手段)は、「鉛筆の断面を六角形にする(六角形の断面を持つ鉛筆)」ということになります。
弁理士は、このように、発明Xを「言語化」・「構造化」するわけです。

発明Xを言語化・構造化する時に注意しないといけないのは、Aさんが提示した発明Xをそのまま特許Xとしてもダメだということです。
もちろん、特許XがまったくAさんの会社の「事業の役に立たない」というわけではありません。が、競合他社は、発明Xと同じ発想にもかかわらず特許Xに抵触しない発明(迂回発明)を容易に思いつくため、発明Xを使った自社の新事業を保護する、という観点から見ると、明らかに不十分です。
真にAさんの会社の「事業の役に立つ」特許を取得するにはどうすればよいか?
そのような視点で、弁理士は発明Xを「調理」する必要があるのです。
それが真のプロフェッショナルとしての姿勢です。

ここで、想像上の「ふつうの弁理士」を考えます。
「ふつうの弁理士」は、発明者Aさんが提示した発明X(断面を六角形とした鉛筆)のバリエーション(変形例)として、例えば、左のスライドのようなものを想定します。
すなわち、断面を八角形、五角形、四角形、又は、三角形とした鉛筆です。
そして、そのうえで、それらをすべて包含するように「多角形の断面を持つ鉛筆」と、発明Xを上位概念化(抽象化)して、特許取得のための発明Yを創出します。
これは、 Aさんがした発明X(六角形の断面を持つ鉛筆)をそのまま特許明細書に書いて、特許Xを取得しても、事業では役に立たないことが明らかだからです。
その理由は、断面を六角形以外の形、例えば五角形とした鉛筆は、「転がり防止」という発明Xの効果を得ているにもかかわらず、特許Xの権利侵害にはならないからです。
つまり、Aさんの会社の競合他社が販売する、断面を五角形とした鉛筆は、発明Xのアイデアをパクったに等しいにもかかわらず、Aさんの会社の特許Xを回避しながら、断面を五角形とした鉛筆を合法的に製造販売できる、ということになるからです。
だから、発明Xそのまま特許明細書に書いて特許Xを取っても、事業では役に立たないのです。
では、事業で役に立つ特許を取るために、弁理士は、発明Xをどのように「調理」するのでしょうか?

先のスライドで述べたように、「ふつうの弁理士」は、発明者Aさんが提示した発明X(断面を六角形とした鉛筆)を「断面を多角形とした鉛筆」と上位概念化した発明Yを創出します。
ここで、発明Yを整理してみましょう。
つまり、発明Yの目的(課題)、構成(手段)、効果(利点)を、スライドNo.31のように言語化するわけです。
・発明Yの目的(課題)=鉛筆を机などの上に置いたときに転がらないようにする
・発明Yの構成(手段)=鉛筆の断面を多角形にする
・発明Yの効果=机などの上に置いても転がらない
これにより、発明Yが目的(課題)、構成(手段)、効果(利点)という三つの構成要素からなる構造体として、言語化・構造化されたことになります。

以上のようにして、「ふつうの弁理士」は、発明Xからそれを上位概念化した発明Yを創出します。
そして、発明Yを特許明細書に記載して審査を受けます。
その後、審査をパスすれば、発明Yについての特許Yが得られることになります。
従って、発明Xを上位概念化して創出した発明Yを言語化・構造化して特許明細書に記載し、審査を受けて特許Yを得るのが「ふつうの弁理士」、ということが分かります。
そうです。「ふつうの弁理士」は、発明Xから、特許に適した内容を持つ(特許指向の)発明Yを創出するのです。
ただし、発明Yに基づく特許Yは、発明Xに基づく特許Xに比べれば、発明者Aさんの会社の事業にとって有効なものになっていますが、必ずしも、万全のものとは言えません。その理由は後述します。
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